ビフィダス牧場

サークルyogurt、ビフィダスの活動報告場です

ビフィダスです。
8月頭に同人新作を出し、
8月上旬にエア夏コミケ(書店が従来の夏のコミケ時期に合わせて用意した同人誌フェアで、コミケと呼ぶのは不適当なのだけど、便宜的にそう呼んだ)がありました。
それ以降は、四冊目の単行本に向けて修正、加筆作業をチマチマと進めていました。
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今ようやく、本文の加筆分作業が終わり、ここからカラー作業等に入っていくのですが、
加筆したページ数を勘定したところ…22ページになっていました。(修正ページを加えると作業量はもっと増える)
雑誌掲載一話分が20ページと考えると、それ以上を単行本のために書き下ろしている訳で、びっくらこです。

●単行本のおまけの良し悪し

実を言うと、この増筆の作業中、かなり変なメンタルでした。仕事はしてるのに仕事をしていない感じがあるというか、ダラダラ疲れているというか。
私は「20pなり40pなりの一話を描いて入稿し作品化する」という製作ペースに慣れている人間なので、
ここのところの作業は「なんかずっと作業はしているのに、なんか終わりにならない」みたいな感じだったのです。
一人分のカレーを30分でテキパキ作っていた人間が、いきなり多人数向けの大鍋カレーを作るために30分間ずっとジャガイモの皮を剥く作業をしている、みたいな、「ペース感と達成感の不慣れさ」があったのですな。単行本期には前から良くあったことにも思えますね。

また、これは古事記にあるのですが、「単行本にサービスのおまけをしても単行本の売れ方には関係がない」という見解があり、これは僕も賛同しています。
サービス。はたから聴いていると、多いに越したことはないように見える存在です。増やせば増やすだけ良くなることに思えます。が。
現に、買う側としては僕自身、何かの作品を買う時に「単行本のおまけが楽しみ」で買うよりは、普通に「その本が楽しみ」で買う訳です。「おまけ加筆をウリにした本」というの、なんか聞き慣れない存在です。滅多にないんじゃないでしょうか。
また、描く側としても、サービスというのは結構しんどいものがあります。イメージとしては「単行本一冊目で張り切っておまけページを用意しまくった結果、二巻目以降も読者をガッカリさせたくなくてそのサービスを減らせず、毎度の単行本作業がどんどん負担になっていく」みたいなこと、ありそうですし、現実にあるようです。「サービスしなきゃ、しなきゃ」という累積的な責務感と作業量によって、作家が潰れてしまっては元も子もない。
したがって、よく言われることですが「何かを持続的なものにするために、サービス競争はしない、汗をかき過ぎない」みたいなのって、かなり重要なことなのだと思います。

●サービス競争はしない
サービス競争はしない。サービス競争をすることで、長期的に自分の首を絞め、可能性を狭めたり幸福を下げてしまう。
また、これは「自分」の中の話のみならず「全体」にとっても重要なことだったりします。例えばどこかの駅にゲーセンが3軒あったとする。そのうちの一店が「サービスで1ゲームを半額にする!」みたいなことをすると、客を奪われない為に残りの二店も値下げし、無駄に三軒とも同じ労働内容で売り上げが減ってみんなで泣く、みたいなこと、ありそうですし、現実にあるケースだったようです。
まあ、漫画に関しては「サービスの量が勝負になる」ことが滅多にないので(同人誌とかも、半額にすればバカ売れするとか、ページ数増やせばバカ売れするとか、作画密度を倍にすれば倍売れる、みたいなことはマジで滅多にない訳です)、サービスしようにも自然な上限がありはするのですが、これも時代の趨勢による変化はあることかもしれません。

●じゃあ何故おまけを書くの

じゃあ私がなんでこんなにおまけを用意しているのかというと、「雑誌で読んでくださった方や単話で買っていただいた方にも、新たな気持ちで読んで頂けたら」みたいな気分な訳です。毎回私を支えて下さった方へのお礼というか。あとは、まあ自分で描きたくて、描けるスケジュールがあったから、描いた、みたいなことではあります。自分の意志と優先順位と現実との折衷で、できることをやったという話です。
いかんせん、私が好きでやっていることであって、「誰もがそうすべき」とか「俺は秀でている」とかでは全然ないと思ってください。むしろ、この作業後に私が死んだり、燃え尽きてやる気を失って筆を折ったりしたら「俺はバカ」みたいなことである訳です。
自分がやりたいからやっている」というの、個人的には好きな価値観です。自分や他人に迷惑をかけない範囲で、ではありますけどね。

●やりたいからやる、とは
やりたいからやる、というのは、
自分の人生観、価値観、幸福観に即する、ということであります。
自分が生きる目的は何か。何が僕の幸せか。
その作品に全力投球し、自分の中で悔いを残さない」という姿勢もあります(自分の満足度が問題、というのが大事ね。デメリットとして寡作になりがちでスケジュール管理がしんどくなるのと、本人の力量がないとそもそも作品が世に出ないみたいな困難があります)。
持続的に作品を出し続けることを重視する」という姿勢もあります(後先考えて創作するタイプですが、作品が縮こまり易いみたいなデメリットがあり、心や技の栄養管理が重要です)。
思いついたものは生み出してあげたい」という単純な姿勢もあります(脳内に生まれたビジョンはとっとと具現化したい、という欲求、漫画描きも文章書きも含め、物書きは結構自然に持ってる人が多い気がしますね)。
生きるために必要な分だけ執筆で稼ぎ、後はなるべく自分の幸せの為に生きる」という姿勢もあります(デメリットとして怠惰になりがちな予感がしますが、そんなことは他人にとやかく言われることじゃなく、つまり別にどうでもいいことです)。
各人が、諸々の価値観を比較検討し、自分の画力、体力、やる気、スケジュールと天秤にかけて、自分なりの落とし所でやっている訳です。
良し悪しではない訳ですね。本人の幸せに即する形なら何でもいい訳です。

サービスとか汗というものには厄介な制約があり、100が偉い訳でもなければ100を自分に課すものでもない訳ですね。むしろ考えるべきは、幸福に生きるための、息の長い計算と判断、なんじゃないかと思います。

これと似たこと、最近感じています。
旅行です。

●思い返すと世界は本当大変だった
今年の二月から始まった新型コロナウイルスの流行。四月ごろは凄まじい恐怖と犠牲を、そして社会的混乱を生みましたが、どこかから対処法みたいなことがゆっくりと見えてきて、現状では重傷者に対する手当てや感染予防対策の要点(つまり、ビビるべきところとビビらんでもいいところ、力の入れどころの判断ね)もかなり浸透している気配です。
ただ、緊急事態宣言が解除されていった六月近辺は、人々の態度はかなり左右に振られていた気がします。
病気の拡大を制限する為に出された緊急事態宣言と、それによる様々な社会活動の停止。しかし、社会活動の停止というのは、生命維持のための血流を止めるようなもの、首を締めるようなものです。「身体を蛇に噛まれたので、全身の動脈をギュッと止血しているが、流石にこのままだと体が腐って死ぬ」みたいな状況。判断が難しかったでしょう。本当、難しさを感じます。
病気を広めたくはない。でも体の組織を死なせる訳にはいかない。結果として「感染を広げない勘所を明確にして、店にも客にも協力を求める」という形にし、各業界でガイドラインを作ったり、消毒設備を用意したり、金銭的補助をしたり、本当色々な工夫と協力によって、緩やかに血流を回す方針になった様子ですね。
本当、この頃は人々の態度も判断も左右に振られていました。
自粛が正解なのか。外出しちゃっていいのか。知人の店や行きたい店が苦しみに喘ぐ声がどんどん伝わってきます。自分の職だってどうなるか。手を差し伸べたい。でも、外出をして自分が感染してしまい家族に病気を広めてしまったら。後悔なく生きる為にどうすればいいのか。
様々な人が各々の立場と各人の懸念をもとに、様々なオピニオンを表明しました。
「こうするな」「ああするな」「これするのはバカ」「あれするのはけしからん」。世に溢れるオピニオンの往復ビンタで、人々(主語がでかい)は殴られ続けたように思います。
僕自身はそれによりオピニオンに対するアレルギーが生まれ、オピニオンを遠ざけて日々YouTubeでトルコ人シェフの笑顔の料理風景を見るだけの人間になってしまいました。

●北へ。
そんな私は八月中旬ごろ、北海道へ旅行に行っていました。
私は「北へ。」というゲームを最近知って、とても好きなのですが、このゲームでは、開発時期である1999年近辺の北海道の街並み、店舗、風景が実写で使われています。
しかし、その1999年近辺に起きていた不況だったかにより(当時を知っている人はいらっしゃるのでしょう。私は知らないのですよね…)、1999年当時にあってゲーム内に登場していたお店や建物は、かなり消滅したり閉鎖されたりしているのです(まあ、普通のお店も20年経って存続してることは少ないのかもしれませんが)。
20年後、この2020年の、コロナという凄まじい危機。行きたいところには行ける時に行っておかないと、二度と行けなくなる場所があるかもしれない
そんな訳で、体調の不安要素を回避しつつ旅に備え、行ってきた訳です。
その際も、考えることは沢山ありました。
・私が現実に感染を振りまく可能性(旅前での体調管理と、危険回避と、マメな体温計測。計画として、旅先で友人とあんま会わないと決める)。
・私が感染していたとして、感染を撒き散らさない為に出来る心がけ(唾を人に飛ばさないこと、ベタベタ触ったりしないこと)。
・私が旅先でまかり間違って病気をもらわないための心がけ(人とべちゃくちゃ話して互いの唾を飲まない、汚い指で顔を触らない、密な接触のある店とか行かない)。
・私が旅行に行ったと表明することで、「じゃあ僕もいいかも」という流れを少しでも生む可能性(これは考えすぎなんだけど、当初は結構これが怖かった。振り返るにこの判断は難しかった覚えがある。今はこんなこと考える必要はないと判断しています)。
・私が旅行に行くことで、旅先の施設に与える心配や不安や迷惑(これも考えすぎなんだけど、例えば私が「関東からここ来ました!」と報告することで、お店の人に「こいつ関東から来やがった、怖っ、面倒っ」と判断されたり、他の人に「この店にはビフィダスの野郎が来たから怖いから近寄らんとこ」みたいに判断されたくない訳なのだ。これも考えすぎです。もし宿泊施設が関東圏の客を嫌がるのなら予約の時点で店側が拒否すればいいだけだし、巷にはすでに旅の報告が十分溢れているので、私一人それを控えたところで何にもならない)。
そんな訳で、隠密のように旅行して、帰ってきた訳です。その後2週間、体調変化はなかったので大丈夫だったろうとは思います。Cocoaもずっと前から入れてたよ。

●結局、後悔なく生きる為に現実的にできることをするしかない
結局のところ、「各々が対策し気をつける」というのがギリギリの現実的行動なのではないかと思います。客も、店も、できる範囲で、極力気をつけて対策していきながら、やる。その中で悔いなく生き、周囲への影響を考えながら幸福を掴んでいく。これしか出来ないし、これが推奨されているのだと思います。
活動性を完全停止の0にするのは原理的には安全だが持続不能。活動性を野放図の100にすると社会に病気が蔓延してこれもやばい。「病気の特性を知り、要点を守ることで、活動性の値を上げていって、以前の100とは違う形でも持続可能なラインにしていく」みたいなのが、現実的に我々が選べる落とし所といったところなのだと思います。
現実的な答えみたいなものが、0と100とを結ぶ単純な軸の上にはないと言うのも面白いです。「敵の特性を知り、そこを避けつつ他所で補う」みたいな対策に決着するの、個人的には好きです。人類の前向きな知恵を感じます。
…しかし、こういう知恵を、しばしば「0か100かのオピニオン」は隠蔽してしまいます。

●オピニオンは嫌だなあ
コロナの時期、「自粛はしなきゃいけないし働かなきゃいけないし、どうすればいいんじゃい!」「外出禁止のくせに通勤はしなきゃいけない、どうすんじゃい!」「自粛はしなきゃいけないし経済は回さなきゃいけないし、どうすればいいんじゃい!」「矛盾だ!」と苦しんだ方は多かったでしょうし、今も苦しんでいる方は多いことでしょう。
オピニオンというのは「従うべき正しさ」という顔を持っていますが、内実は「他者からの命令や非難」のようなものです。どこまで信用していいか知らん他人に毎日ビースカ怒られることで、脳味噌の判断能力が奪われていく。理不尽に叱られ続けた子供のように思考が萎縮してしまう。「自分は矛盾している、正しくあることができない」と自分を追い詰めたりしてしまう。自分を棚に上げるタイプの人だと「いけないんだ、先生に言ってやろ」みたいな精神性に落着したり、矛盾を指摘して喜ぶだけの皮肉屋みたいになってしまう。よくあることな予感がします。
矛盾した命題を突きつけられて苦しい気分になった時は、よう知らん他人のオピニオンを一旦置いておいて、自分の幸福を考えて、現実を眺めてみて、出来ることを探る、というの、結構重要なことだと、しみじみ思います。

●旅行
したい 
●トルコ料理
食べたい
●亡命ロシア料理
面白い
●三浦綾子『氷点』
めちゃ面白い。陽子がエロい。高木、好き。 

コミケは無くなっても、様々な形で同人イベントがたくさんあるこの夏。
私ビフィダスのサークルyogurtも、参加しております。 告知でまとめておきますね。
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 ●新刊同人誌!
『いとことー田舎で再会したむちむち娘二人との種付け交尾記録』
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詳細はこちら!通販情報とかはここ!
http://yogurtbifidus.blog.jp/archives/83594497.html
メロンブックス秋葉原店特設会場での「秋葉原超同人祭」にも参加しています!
https://www.melonbooks.co.jp/feature/detail.php?feature_id=1941
初めての試み、応援してね!

●描き下ろしイラスト展示&グッズ販売!59CE58B3-C552-4292-A456-D69051CD2ADF
「とら祭り」秋葉原UDX4階特設会場内ギャラリー企画「HOT LIMIT」
僕も参加しています。
https://ec.toranoana.jp/tora_r/ec/bok/pages/all/item/2020/08/02/00001/
星のない温泉』のヒロインと、マリエさんとが絡んでいるね。
グッズがたくさんあるらしいので、見に来てね!

●描き下ろしタペストリー販売!
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「オンラインとら祭り」で、ファンティアと連動しつつエンジェル倶楽部さんでグッズ販売があります。
https://fantia.jp/products/77717
アカネおばさんが無理な格好をしているね!
お家に迎えてあげて下さい!!

サークルyogurtのビフィダスです。
即売イベントとしての夏コミは無くなってしまいましたが、
そのぶん、書店さんがイベントを催しているようですね。
僕も「秋葉原超同人祭」というイベントに参加するという形で、新刊を用意させて頂きました。
いとこと ー 田舎で再会したむちむち娘二人との種付け交尾記録」。
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縁側に佇むこの二人は何者か!従姉妹だ!
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こういうことってよくあるよね。
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なんてこった。
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電子販売はこちら!→FANZA
秋葉原超同人祭の特設販売ページはこちら!→準備中!
委託書店はこちら!
とらのあな様https://ec.toranoana.jp/tora_r/ec/item/040030847483/
メロンブックス様https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=706325
ブックメイト様https://bookmate-net.com/ec/46779

ギャル系のみっちゃんとお嬢様系のハルちゃん。二人の想いは。
田舎の畳部屋で。温泉で。神社で。河原で。三人の肉欲がぶつかり合う。
よろしくお願いします!
==

以下雑記。
・同人誌について
私は即売会イベントがあろうがなかろうがどうせ描くので粛々と描くだけなのだが、
即売会イベントが存在することによる、同人誌文化…というか漫画創作文化への巨大な恩恵というのは当然存在するし、私自身認識しているし、そして昨今それをヒリヒリと感じている。
二次創作系一般同人作品とか、そもそも一般同人作品にとっては、昨今の時勢下、発表の機会も頒布の機会もガリッガリに制限されてしまう事態になっている予感がする。
休日や余暇を使って創作されている社会人作家さんや学生作家さん達にとっては特に、動機・やる気・元気に凄まじいダメージがあることと察する。
私にできることは何か。考えている。
・インフラストラクチャー
インフラってあるでしょう?水道とか電気とか。
どこかの誰かが皆んなで一気にでっかいことをやってくれているおかげで、個人個人が楽に便利に楽しく過ごせるシステムというのがある。あまりに当然に使い過ぎていて、ついつい忘れがちになるのだが、電線も水道もどこかの誰かが引いてくれたのだし、昔に偉い誰かが一念発起して計画してくれた結果、便利な今があるのだ。
同人誌文化というのもまさにそれだ。
皆が競い合って作品を作り合い、競い合って作品を求め合う、即売会イベントというものが長い年月をかけて育てられてきた。
同人誌委託書店が増えてきて、作家の作品をより広く便利に届けられるようになってきて、それによって作家も読む側も助けられた。
安価で気の利いた同人誌印刷所がバンバン出来て、作家も読む側もその恩恵を授かる形になった。
そもそも日本の漫画表現文化というのが、大らかで、且つ大きく、この地盤の堅固さと一定の広大さの上に作家とか読者とかイベントとか書店とか印刷所とかそういうものが生きている。

これらは全部、同人文化というか漫画創作文化を支えるようにミチミチと積み上げられてきたインフラ、巨大集合労力なのだ。
で。
コロナ禍により、体のでかいところほど、その分でかいダメージを被ることになった。

僕はフリーランスの一作家に過ぎず、自分の腕で生きる術のことばかり考えて生きているために、ついつい忘れがちになるのだが、忘れてはいけない。私たちは何だかんだでこのインフラのおかげで生きられている。このインフラのおかげでどれだけの、達成であるとか、幸福であるとかを、享受してきたことか。

インフラがピンチな時、そのインフラを享受してきた一員として、何かできないものか。どうにかして支えられないものか。体組織が壊死してしまう前に…諸々の組織に滞りなく血を回しつつ、直接的に絆創膏とかタンパク質とか糖分とかも届ける。 そういう二重作戦で、とにかく支えたいと思う。

ゲーテが前にどっかで「劇場が火事で消失したら速攻で立て直せ、さもないと民衆は別の娯楽に流れてしまって劇場という文化装置・教育装置が失われっぱなしになる」 みたいなことを言っていたが、
インフラが壊れることで「ジャンルが・文化が消える」ということは割とあることだと思う。
特に、生活必需品ではない表現とか娯楽とかのジャンルでは。
何かできないかな。

エロ描く方のビフィダスです。
7月30日発売、エンジェル倶楽部9月号に新作が掲載されます。
「アカネおばさんの夏」。
イビツな愛の巣』収録、「アカネおばさんとオレ」の後日談が来ました。
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なんてこった!
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ハジメくんとアカネさんの秘められた関係はどこへ行くのか。
大人の社交と大人の純情が若者を刺激する。
読んでね!面白かったらアンケートお願いします!
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あ、アカネおばさんのフィギュア、予約受注締め切りが迫っているそうです。
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絶対買うって方は予約して頂けると、確実に手に入るので嬉しいし、作ってくださった会社の方も喜んで、そうすると僕も嬉しいから、よろしくね!


ビフィダスです。
この度、私の短編「アカネおばさんとオレ」(第二単行本『イビツな愛の巣』(本の情報はこちら!)収録)のヒロイン、
アカネおばさんが、フィギュアとなってエイプラス様より発売されることになりました。予約開始です!
新村アカネ01
アカネおばさん、黄色いキャミソールにジーパン半脱ぎです。
9月末発売予定です。予約してね!
通販サイト…
amiami様 getchu様 とらのあな様 駿河屋様
ご紹介サイト…
アニゲーハック様https://anigehack.com/info/goods/?item=52332
Moeyo.com様https://www.moeyo.com/article/112511
電撃ホビーweb様https://hobby.dengeki.com/news/1026510/
アカネおばさんって?
チラシ
田舎の実家に住んでる三十路の叔母さんで、周囲に結婚をせっつかれている中、フラフラはぐらかしている人だ。主人公はこのおばさんに告白する。というお話。
当時、ネームを見せた段階で編集さんに「鳥肌立ちました」と唸られた内容で、雑誌でも単行本でも人気を博したヒロインだよ(ザ・手前味噌)。
詳細紹介。
新村アカネ08
アップ。顔の凛々しさを見て。
新村アカネ09
お尻がでかいんだ。
新村アカネ12
当然キャストオフする。
新村アカネ10 2
ジーンズを脱いだ座り姿勢にもなるよ。

あ、下のおけ毛は、シールで追加できるんじゃよ。忘れちゃいけない。


ことの顛末を振り返るに、
フィギュア化のお話は、イビツな愛の巣発売後のどこかのタイミングでオファーが来ていた気がします。
参考資料として全身図を描いたり、あれこれしたり、あれこれして、楽しかった覚えがあります。 
おもしろいことに「デフォルトの状態では局部を隠していたい」という条件があり、
とはいえアカネさんはシンプルな服を着ているので、造形の方には大変なご苦労をかけたことと思います。
また、商品化に際し、アカネおばさんに苗字がつきました。新村アカネさんです。
よろしくね! 

…あ、アカネおばさん、漫画にも帰って来ます。 

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