ビフィダス牧場

サークルyogurt、ビフィダスの活動報告場です

先日、札幌雪まつりに行き、本屋さんとか古本屋さんとかを見て回っていた。
古本屋だと、北海道大学の前に猫のいる古本屋さんがあって、そこが結構、暖房が効いてるし猫がいるので好きなのだ。
さて、売られている本をザラーッと眺めていると、一般書店の店頭に並ぶものなら、大体こんな感じで分類できそうな気がしてくる。
1、有名作者であることがウリの本 つまり作家が有名だから売る/買う。文芸書とかは基本これ。
2、作者の権威がウリの本 なんかの新書とかアドバイス書で、本の表紙に「著者 ○○大学教授」とか書かれてる奴。文芸書とビジネス書の狭間にある実用新書とかはこれが多い気がする。
3、目的・用途がウリの本 ビジネスの本、財テクの本、健康の本みたいな奴で、タイトルは文字がドドンと出る。新書からさらに砕けた、ビジネス新書系の本とかコンビニ売りビジネス書/健康書とかはこれが多い気がする。
何となく見当つくでしょう。ちなみに、1と2は近いし、2と3は近い。
・・・
で、僕はエロ漫画畑の人間なのでついつい全部を自分にひきつけて考えてしまう訳なのだが、
様々な本の表紙を見ながら、ふと考えてしまった。
「あれ、2と3のケースって、作家の名前を僕は認識できているだろうか?」
2の場合、重要なのは本を権威付ける肩書きの方だ。「○○大学教授」の肩書きの方が意味が強い。
3に至っては、ようしらん著者の本でも、なんか表紙で堂々と「デキル大人はSNSでしょっちゅうチンコとか叫ぶ」とか言われたらついついそんな気がして手に取ってしまいそうなものだ。
古本屋とは、そうして売られた本が時代の表層を流れ落ちてもう一度集まる場所なのだ。だから、一昔前に見かけた本をそこで再び見つけた時、ちょっとセンチな気分になるのだ。
・・・だが、そのうちこんな考えが持ち上がってきた。
「作家として、作者の名前を覚えてもらうことというのは、本を売ることにとってどれくらい必要なことなのだろう?」
例えば3のケースは、本を出す側としては、どっかの誰かがそれらしい内容の本を堂々と書いて、責任を負ってくれて、それが売れそうなら何だっていいし、売れそうなタイトルにして表紙にメッセージをドンと付けて売るのだから、「あの有名な本を書いた著者です!」みたいな売り込みは不要だ。
2だって分かったもんじゃない。
そもそも人間というのはどれほど頑張っても所詮ちっぽけな存在なので、書いたことが後で(もしくは最初から)間違ってたってことは仕方がないことだし(たまったもんじゃないけど)、知的責任みたいなものは負いきれない。出た本の誤りを指摘し、その著者の責任を追及する、みたいな動きはものすごく後ろ向きで非生産的なので、あんまみんなやりたがらない。それよりは売れそうなキャッチーな本をバリバリ書いておぜぜを稼ぎたいというのが人情だ(誠実な側がバカを見るというどうにも嫌な状況なんだが)。
つまり、「著者を覚えてもらうこと/著者の名前の持つ信頼性」みたいなことは、ある種の新書・ビジネス書とかにはあんま求められていない、のだ。

・・・こういうことを考えると、ちょっとクラッと来てしまう。
というのも、これまでの話は「本を売る・買う側」の話だからだ。
では「本を書く側」に当てはめるとどうなのか。これ考えると暗澹たる気分になりませんか?
本を書く側の持つビジョンというのは大体こんなもんじゃないだろうか。
「自分という作者の存在が認知されて、人気作家になり、自分が本を出すたびファンがついて来てくれる」
だが、例えば「認知」の段階はどうなのか。・・・一人の作家が実績を積み上げて有名作家になる、というルートはどこにあるのだろう。なんかの新人賞とかを取って、鳴り物入りで売ってもらう、みたいなことをするのだろうか。新人賞って年に何人輩出されるのだ。
本を出すに至る為に信頼と実績を積み重ねる、そのための場所って、どこにあるんだろうか。(ジャンプとかエンジェル倶楽部みたいに雑誌とかあるのか。僕は文芸雑誌を読まない!!コミケの文学ジャンルとか渋とかからスカウトされるのかな。わかんね。教えて!)
もしくは、学者や芸能人が本を出すように、既に別ジャンルで知名度を稼いでからにする、みたいなことをするのだろうか。
しかもその上、「作者名とかどうでもよく、兎に角時代のニーズに即した本を作ってくれた方が出版社としても書店としてもありがたく、現状そういう本はずーっと出続けている」という状況は存在する。書店で動いている本のどれくらいのパーセンテージがこれなのか、数値は知らないが、面積的には結構多いんだから多いんだろう。
坂本ジュリエッタみたいに、ゴーストライターとして働き、依頼に即してありとあらゆるジャンルの本を見境無くバリバリ書くという姿だってありえるのだが、それは坂本ジュリエッタが天才かつ変人だからできることのような気もする。最初からジュリエッタを目指す作家、ジュリエッタ的な才能を自覚している人って、どれだけいるのだろう。
・・・ちなみにこういうこと、「小説家になろう」(という小説投稿SNS、というのかな)ではとっくのとうちゃんに普通にある(と、知人の先生に聞いたことがある。聞いたのが1,2年前の話なので情報が古いかもしれない)。
つまり、作家志望者が作品を投稿する。ある程度やって人気が出なかったら、筆名を放棄して、新たな作者としてもう一度最初からやる。当たるまでやる、というものだ。人気の出なかった過去の筆名はイメージを落とすのでとっとと切ってしまうというのだ。こういう小説ではタイトルの方を極力目立たせ説明的にする、というのも、この動きに適っている気がする。作者名よりもタイトルの方がずーっと重要なのだ。
「作品名が表に出れば出るほど、著者名は後退する」・・・というのが、ネット小説にもビジネス書にも当てはまりそうな気さえする。
そして、
「自分という作者の存在が認知されて、人気作家になり、自分が本を出すたびファンがついて来てくれる」という素朴なビジョンは、何だか雑誌文化とかがエスカレーターとして機能していた頃の名残のようにさえ感じられてしまう。
兎に角、時代は流れていく。空港の公衆電話スペースは電源スペースに入れ替わった。作家だって生きる仕方を自分で握って考えていかねばならない。作家という意味では恐らく昔の方がもっとひどかった。作品発表機会が雑誌しかなかったんだから。今は恵まれた時代だ。だから、どういう恵まれ方なのかを考えねばならない。
・・・
こう考えていくと、
全ての事柄が
作家として生きる、というのは何を目指すことなのか、
作家として成功する、というのは何を目指すことなのか、
ということに集約していくように思われてしまう。
作家寿命は何年か。1年?10年?20年?20年だと25歳の人が45歳になる計算だ。
有名作家になって、出す作品出す作品がスマッシュヒットするような作家になりたいのか。その後はどうなるのか。東山アキコ先生とか金田一蓮十郎先生とか本当すごいと思う。何であんなパカパカ描けるのだ。
ジャンプの長期連載みたいに、一つの作品を大あてして、その作品に作家寿命の全てを費やす形にしたいのか。それは狙ってできるのか。それが終わったらその後はどうなるのか。
兎に角一つの作品を当てて(当てたいね)、じゃあそれをどこまで持っていくのか。当たるとは何を意味するのか。一時的な注目なのか、本を出せればOKなのか、本をどれだけの間出せるのか。本以外の、発表の形式はあるのか。またそれは生計をどれほど保障するのか。アニメ化とかドラマ化とかしたいのか。その後はどうなるのか。
作家名なんかどうでもよくて、その時代のニーズを駆け抜けるという作り方・売り方は、自分にできるのか。何年走れるのか。
タイトルを愛されたいのか。
テーマ性を愛されたいのか。
作家性を愛されたいのか。
作家名を愛されたいのか。

ここら辺のこと、書く側・描く側がきっちり考えてやっておかないと・・・
この、恵まれながらも不安の蔓延する時代で、不本意な踊り方をすることになってしまう人が沢山出てきてしまい悲しいことになるんじゃないかな、
と、ちょっと思った。
「作品タイトルはアピールされているのに作家の個性は認識されていない」とか、その逆とか、そういうのって多分その当人にとってはとっても不本意な状況である予感がするじゃあないですか。悲しいじゃないですか。悲しいかどうかは当人が決めることだから僕の関知するところじゃないっちゃあそうなのだけど。

古本屋は10年20年の本の歴史が背表紙になって通覧できる。だからついセンチな気分になって、こういうことを考えてしまうのでした。
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ちなみに、札幌の文教堂だと、目立つ棚には結構ちょっと政治色の強い本が多くて、それは札幌を取り巻く政治的危機感みたいなものに触発されて産まれたコーナーのようでもあるので、こういう売り方って漫画じゃ出来ないから羨ましいよなーと思ったりしたし、
漫画って結構、なんというか、時代の表層に左右されない根のしっかり張った頑健な娯楽文化なんじゃないかとかも思ったりもして、少しホッコリした。

エロ描く方のビフィダスが失楽天3月号(2月16日発売)でマンガを掲載させて頂くことになりました。
若き経産婦、由乃さんが自慰に耽ってしまうお話です。
tirasi12
tirasi2
tirasi3
出産すると、色々なことが変わってしまう。
カラダも、生活も、夫との関係も。
感想、聞かせてね!

そして、失楽天誌で掲載させていただいた作品の単行本も・・・そろそろ射程に・・・!

エンジェル倶楽部編集部さんより、突発キャンペーンのお知らせがありました。
ツイッターで色紙が当たるキャンペーン、ですって!
http://angelweb.jp/blog/?p=17150
エンジェル倶楽部誌にてこれまで掲載された作品及び単行本(つまり『キミを誘う疼き穴』『イビツな愛の巣』あと雑誌掲載の「美和さんの中庭で」「スイミングプール」「交わりの宿 壱」ですな)で、
お気に入りのコマにツイッターID入りの付箋を貼って写真とって投稿したりすると
抽選で一名様に
前の顛末でちょっと折れた直筆イラスト入りサイン色紙が当たるという寸法です。
よろしくおねがいします!
DyOdqQkUUAAn2z-_orig
(↑公式ブログより画像拝借しました!)
何か好きなコマ、印象的なコマとかあったらぜひ教えてください!僕が喜びます!(よろこぶ)
あ、締め切りは2月7日!お気をつけて!
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Unity、勉強始めています。おもじろい。

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1月27日、阿佐ヶ谷のバーTABASA様にて開催された
雑誌『エンジェル倶楽部』(書店で売ってるエロ漫画雑誌だよ)編集部主催の作家サイン色紙抽選イベント「天使のくじびき」
僕も作家としてひょろっと覗いて来ました。
ご参加されました皆様、運営設営に関わられた皆様、誠にお疲れ様でした!
そして、素晴らしい機会に混じらせて頂きましたこと、ありがとうございます!
参加された皆様が楽しい時間を過ごされたことを祈っております!
また、応募段階で抽選漏れの方々や、このたびサイン色紙をゲット出来なかった方々にも、次により良いチャンスがあることを祈念しております。
公式からのレポもある予感なので、僕はまた別の立場から、レポさせて頂きますね。
・色紙
新年、原稿の合間を縫って今回のイベント用のカラー色紙を描いて送ったところ、編集さんから連絡があった。
編「バッチシなんですけど、一ついいですか」
私「何でしょう」
編「色紙をお送りしたときに、折り目とかついてましたか?」
私「あー薄い横線の傷はあったかもしれませんね(いつも色紙は予備含め2枚頂いているのだが、一枚目でミスったので二枚目を使い、そこには実際目を凝らしてようやく気づくようなキズはあったのだ)」
編「それが、顔にまで折り目が入ってしまっていて」
私「バカな、確認させて頂けますか?」
写真を送って頂いたところ、送った色紙は「オエッ」というくらい折れていた。
色紙配送の折に使われるクラフト厚紙封筒に入れて配送したのだが、それは僕が「えいっ」と力を入れてもグニッとはならない代物なので、まあ、何か大きな荷物の間に挟まってテコの力でも加わったのだろう。
と言う訳で、カラー色紙1枚を新たに書き直して、現行の合間に編集部に直接お届けしたという訳なのだった。
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こちらがイベントに出した二枚目。最新作「交わりの宿」のヒロイン、シズクさんだよ。
僕がわざわざ編集部まで届けたのにも訳があって、原稿で毎日忙しいので、強制的に外に出る口実が欲しかったのだ。新年のご挨拶もしたかったし。
で、こういう荷物はやっぱり郵便局のゆうパックにお願いしよう、と思わされた。今までは基本ゆうパックを使っていて、特に問題がなかったのだが、今回はたまたまムニャムニャで配送をお願いしたのだ。
ちなみに破損したほうの色紙も、編集さんが「何かに使えないかなあ・・・」としきりに呻いていらしたので、
これから何かに出るかもしれません。
(話していて分かったのだが、エンクラの編集さんは、作家に原稿以外の仕事、例えば色紙を描かせるとかに、ことに大きな負い目…というか「すみません作品作り以外のことをお願いしてしまって感」を感じていらっしゃる様子なのだ。
編集さんは私が何か「お手伝いできることがあれば」と申し出ても、いつも「作家先生が作品作りに集中できるようにするのが編集の仕事ですので」と制止して下さる。
そもそも「作家はプロモーションも手伝うべき」みたいなハードルって、上がれば上がるほど苦しくなる上に効果も減っていって皆が疲弊する嫌なハードルだから、このハードルを長期的目算無しの場当たりサービス精神で上げるのは良くないという思いは僕にもある。)
・くじ引きという形式
作家が色紙を描く時というのは、単行本発売時に書店に配っておいて貰うとか(しんどいプロモーションだよなあと思う)、あと雑誌の読者プレゼントだとか、何かそういう形になりそうなものだが、
今回は色紙をオークションにかけ、それをファンイベントにする、ということで、結構珍しい形式だと思う。
だが、今回のオークションシステム…つまり抽選券システムはすごく良いと感じた。
「抽選券1枚○円で、1作家につき3枚まで買える、で、くじ引きする、外れても抽選券代がそのまま作家への支援になる」という形式なのだが、心から感心した。
ただのオークションだと値段が青天井になる危険があるし(価格が吊り上がり過ぎたら責任持てない感があるし、一枚1000万円!とかばっかりだと、何より参加した側が疲弊してしまう。傍から見れば動く金額がウン千万で「すげえ」となったとしても、参加した側が「あーバカらしい」と感じてしまったら悲劇だ。誰も幸せにならない)、
あと、作家によっての値段の差みたいなものが、「○○先生の色紙が100万円!ビフィダスの色紙50円!」みたいな感じでその場の参加者全員に知れ渡る、みたいなことがあったらイヤだよなと思っていたのだが、それも回避している。
さらには、抽選券代が作家のギャラになって直接の支援になるというのも、すごい。
そんな訳で、すごい英知を感じた。
・ファンイベント
ファンイベントというのは本当に企画が難しいだろうなと思う。
1a・参加していただけるファンの方が幸せになり、1b・今後も幸せであること。
2a・主催者である編集部とイベント会場側が幸せになり、2b・今後も幸せであること。
3a・このイベントによって出版社や書店、そして作家が幸せになり、3b・今後も幸せであること。
この6つが満たされないと、イベントというのは成立しないし継続されないのである。
この6つの満たされ方がイビツだと、「イベント開きましたが、ファン/運営/業界がポックリ疲弊しました/ネバネバ疲弊し続ける予感に苛まれました」なんてことになって歴史が悲しい方向にスライドしていく。
そんな中、僕が出来ることは何だろう…と考えた末、バーでイベントするならバーの人がホクホクになれるようにということでメチャクチャお酒を飲んだ。ビールとウイスキーとウイスキーとウイスキーと焼酎とウイスキーとラムバックとジンバックと白ワイン飲んだ。そしたら帰りがけに駅のトイレで吐いた。100年ぶりくらいに酒で嘔吐した。
でも、お酒を飲みながら皆様とおしゃべりできて、また直接に応援のお言葉を頂戴できて、とても嬉しかったです!
再度、このイベントに参加された皆様が楽しい時間を過ごされたことを祈っております。

エロ描く方のビフィダスがエンジェル倶楽部3月号(1月30日発売)でマンガを掲載させて頂くことになりました。
カラー4Pとモノクロ20Pです。
しかも自身では初の中長編です。

旅先の片田舎で立ち往生した成年が、
謎の母娘の家に泊めて貰うというお話です。
チラシ1
チラシ3
チラシ4
この二人は何者なのか。
主人公はどうなってしまうのか!
チラシ2
張りのある身体とふくよかに垂れる身体の
コントラストをお楽しみ頂ければ幸いです。

面白かったらアンケにご感想かいて送ってね!
そして、サイン色紙オークション会のレポもします!すぐします!!

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