ビフィダス牧場

サークルyogurt、ビフィダスの活動報告場です

comic1☆15お疲れ様でした。
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ご来場頂きました皆様、本をお買い上げ頂きました皆様、暖かいご挨拶や差し入れを頂きました皆様、改めて感謝申し述べます。ありがとうございました。
また、当日の売り子をお願いしましたnaoさん、当日のおっぱいの設営をして頂きましたとらのあなの皆様、心より感謝致しております。
新刊は書店で委託もさせて頂いております!コチラ
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さて、今回は普段と違う面白い状況が生じていたので、それ含め備忘がてらつらつら書き残しておきます。
・売り子さんの衣装
ピンクのオフショルダーを探して、百貨店や女子衣料店を彷徨いまくった。
とてもいい経験だった。
・マリエさんのおっぱいに関して
https://ec.toranoana.jp/tora_r/ec/item/220005107161
とらのあなの方に「スペースで展示させて頂ければ」というお話は頂戴していたので、ワクワクしながら搬入を待っていたら、男性二人がかりでキャリーに乗せられ運ばれてきた段ボールがイヤに大きい。
念のため、長机半分に相当する自スペースのうち、B5の本2冊分を開けておいて待ち構えていたが、
いざ梱包を解かれたそれは大きさがヤバく、B5の本3冊分がそのおっぱいに占有された。
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このでかさ!挟む対象が腕とか頭!
だが、この大きさのお陰で、イベント中にめっちゃ自分でおっぱい揉めて「揉めるって・・・いいな・・・」としみじみ癒されたし、当スペースにいらした方にタッチをお勧めすることが出来て、本当に良い機会だった。
あと、兎に角この「物理的大きさ」「そこから生じる体感性」は初体験だった。かなり多くの人にとってこの大きさは初体験になると思います。
1、シャツを着せて、布越しにタプタプ触ると、ちょっと背徳感が増してこうふんした。
2、乳輪のしわしわ質感が結構リアルで(ひだひだ感がある)、指でいじるとすごくいい。
3、胸を揺らすとその振動が随所に波及してすごく重量。
4、乳首をいじるとこうふんする。
5、私「これシャツとか着せて枕にしたいですね」naoさん「マイクロビキニを着せて、たわませたいです」私「なるほど(敗北感)」
・何が良いかと言うと
ヘンなことを言うが、同人作品を定期的に描いてイベント出品していると、やることはある時点からどんどん平板化して行く。
自分の中でノウハウが溜まり、手ごたえと労力との均衡ラインがハッキリしてくることで、
あるいは自作品の反応のデータを取るためにノイズを増やしたくないといった計測メンタル(これはこれでとっても重要なことだとは思う)によって、
出品作品数・展示形式や当日の特典といったものは変動しなくなってくる。
そんな中、このような刺激的な展示が出来て、イベント参加者の方々に新鮮な驚きや体験の機会を生む結果になったことが、とても嬉しかったしありがたかった。
何か面白いことをするということ、あまり毎度は出来ないにしても、すごく重要なことなのしれない。
そしてこういうおっぱいを作っていただくことになった発端は、私の過去の一つのお仕事だったりするのだから、いろいろなことに感謝した。
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今、秋葉原とらのあなA店(というのかな、アニメイトの並びにあるとこね)の7階に行くと新刊と一緒にすっごい展示していただいているので、おっぱい揉んでみたいという方は是非!
・イベントでいつも思うこと
「絵やポスターだけ見て衝動的に買いたくなるような魅力」というのは本当にあって、イベントの度に痛感させられるのだが、
今回はこの衝動に素直になろうと特に意識し、様々な本を買わせて頂いた。
そして、今戦利品を自宅で読みながら、また別のことを考えている。
ページを開いた瞬間に「ああ買って良かった」と思わせる絵柄というのがあり、
読み進めながら「ああ満足だ・充実だ」と感じる漫画作りというのがあり、
この三つがどれもかなりハッキリとズレている
この三つを兼ね備えて外さない為に私に出来ることは何か…
そういうことを考えてウンウン唸っているし、このたび買わせて頂いた本・交換して頂いた本で、その手がかりが物凄く沢山得られた気がする。
頑張ります。

マリエさんの実物大おっぱい、というグッズが出来ました。D5DahuxUUAAoEDL_orig
販売サイトはコチラhttps://ec.toranoana.jp/tora_r/ec/item/220005107161
なんかすごいぞ!
大きさも重量も価格もすごいので、アダルトグッズに興味がある方、どうかよろすくね!
マリエさんのマンガはこちら!コミ1で頒布します。よろしくね!
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事の経緯。
以前より、「お隣のフワフワ巨乳タイツお姉さん」というヒロイン像は頭の中にあって、ただそれがエンジェル倶楽部誌においても失楽天誌においても描くタイミングが無く、困っていた。(僕は作品を発表するときはタイミング、前後の自作品との兼ね合いや全体の流れというものを重視していて、このヒロインはこの流れから外れて取り残されてしまっていたのだ。)
そんな中、とらのあなさんのアダルトピロー企画「ハメックス」という企画にお誘い頂いて、その際、ふわふわ陥没乳首タイツ女性であるマリエさんを描かせていただいたのだ。
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すると、このマリエさんの造形に関心をお寄せくださったグッズ企業の方から、マリエさんを起用しての実物大アダルトグッズの企画を立てていただいたそうなのだ。
ありがたいことだなあ、と思った。
で、グッズの発売時期がコミ1と近かったのもあって(これは偶然)、これはいい機会だということで、この子の物語を生み出すことも出来たという次第です。

4月30日発売のエンジェル倶楽部6月号にて、ビフィダスの新作漫画が掲載されます。
「交わりの宿ー弐ー」。
とある田舎にて、世話焼きの巨乳母・シズクさんと無口な美乳娘・アキちゃんの家に泊めて貰うことになった男子が体験する、エロいお話の続きです。
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シズクさん、アキちゃん、両者の胸の内とは。
そして、それは彼女等をどこへと連れて行くのか・・・
よろしくね!
面白かったらアンケート送ってね!

サークルyogurtのビフィダスです。
今度のコミ1(4月28日(月曜)於東京ビッグサイト西ホール】は、【D72a】て出展させて頂きます。
新作、温泉モノオリジナルシリーズの第4弾を用意しました。
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『マリエさんと温泉へーお隣の巨乳お姉さんと家族風呂で…』
32P、イベント頒布価格500円です。
イベント会場では、あるものがあります。
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お隣に住む、いわくありげなお姉さん。
無事結ばれることは出来るのか。

書店でも委託させて頂いております!
ブックメイト https://bookmate-net.com/ec/31110

さて、このマリエさん、前に作った抱き枕に出てきた女の子なんですね。
THX とらのあなハメックス専用カバー ビフィダス
https://ec.toranoana.jp/tora_r/ec/item/220005084552
エアピロー告知用1
あわせて、よろしくね!!
そして、あるものが、あります。

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https://ec.toranoana.jp/tora_r/ec/item/220005107161
マリエさんのおっぱい、でっかいのが、出来た!!
とらのあなさんの店頭にて展示されるそうですが、コミ1会場にもお持ちいたします!!

さわってってね!!
僕は予約した!


先日、札幌雪まつりに行き、本屋さんとか古本屋さんとかを見て回っていた。
古本屋だと、北海道大学の前に猫のいる古本屋さんがあって、そこが結構、暖房が効いてるし猫がいるので好きなのだ。
さて、売られている本をザラーッと眺めていると、一般書店の店頭に並ぶものなら、大体こんな感じで分類できそうな気がしてくる。
1、有名作者であることがウリの本 つまり作家が有名だから売る/買う。文芸書とかは基本これ。
2、作者の権威がウリの本 なんかの新書とかアドバイス書で、本の表紙に「著者 ○○大学教授」とか書かれてる奴。文芸書とビジネス書の狭間にある実用新書とかはこれが多い気がする。
3、目的・用途がウリの本 ビジネスの本、財テクの本、健康の本みたいな奴で、タイトルは文字がドドンと出る。新書からさらに砕けた、ビジネス新書系の本とかコンビニ売りビジネス書/健康書とかはこれが多い気がする。
何となく見当つくでしょう。ちなみに、1と2は近いし、2と3は近い。
・・・
で、僕はエロ漫画畑の人間なのでついつい全部を自分にひきつけて考えてしまう訳なのだが、
様々な本の表紙を見ながら、ふと考えてしまった。
「あれ、2と3のケースって、作家の名前を僕は認識できているだろうか?」
2の場合、重要なのは本を権威付ける肩書きの方だ。「○○大学教授」の肩書きの方が意味が強い。
3に至っては、ようしらん著者の本でも、なんか表紙で堂々と「デキル大人はSNSでしょっちゅうチンコとか叫ぶ」とか言われたらついついそんな気がして手に取ってしまいそうなものだ。
古本屋とは、そうして売られた本が時代の表層を流れ落ちてもう一度集まる場所なのだ。だから、一昔前に見かけた本をそこで再び見つけた時、ちょっとセンチな気分になるのだ。
・・・だが、そのうちこんな考えが持ち上がってきた。
「作家として、作者の名前を覚えてもらうことというのは、本を売ることにとってどれくらい必要なことなのだろう?」
例えば3のケースは、本を出す側としては、どっかの誰かがそれらしい内容の本を堂々と書いて、責任を負ってくれて、それが売れそうなら何だっていいし、売れそうなタイトルにして表紙にメッセージをドンと付けて売るのだから、「あの有名な本を書いた著者です!」みたいな売り込みは不要だ。
2だって分かったもんじゃない。
そもそも人間というのはどれほど頑張っても所詮ちっぽけな存在なので、書いたことが後で(もしくは最初から)間違ってたってことは仕方がないことだし(たまったもんじゃないけど)、知的責任みたいなものは負いきれない。出た本の誤りを指摘し、その著者の責任を追及する、みたいな動きはものすごく後ろ向きで非生産的なので、あんまみんなやりたがらない。それよりは売れそうなキャッチーな本をバリバリ書いておぜぜを稼ぎたいというのが人情だ(誠実な側がバカを見るというどうにも嫌な状況なんだが)。
つまり、「著者を覚えてもらうこと/著者の名前の持つ信頼性」みたいなことは、ある種の新書・ビジネス書とかにはあんま求められていない、のだ。

・・・こういうことを考えると、ちょっとクラッと来てしまう。
というのも、これまでの話は「本を売る・買う側」の話だからだ。
では「本を書く側」に当てはめるとどうなのか。これ考えると暗澹たる気分になりませんか?
本を書く側の持つビジョンというのは大体こんなもんじゃないだろうか。
「自分という作者の存在が認知されて、人気作家になり、自分が本を出すたびファンがついて来てくれる」
だが、例えば「認知」の段階はどうなのか。・・・一人の作家が実績を積み上げて有名作家になる、というルートはどこにあるのだろう。なんかの新人賞とかを取って、鳴り物入りで売ってもらう、みたいなことをするのだろうか。新人賞って年に何人輩出されるのだ。
本を出すに至る為に信頼と実績を積み重ねる、そのための場所って、どこにあるんだろうか。(ジャンプとかエンジェル倶楽部みたいに雑誌とかあるのか。僕は文芸雑誌を読まない!!コミケの文学ジャンルとか渋とかからスカウトされるのかな。わかんね。教えて!)
もしくは、学者や芸能人が本を出すように、既に別ジャンルで知名度を稼いでからにする、みたいなことをするのだろうか。
しかもその上、「作者名とかどうでもよく、兎に角時代のニーズに即した本を作ってくれた方が出版社としても書店としてもありがたく、現状そういう本はずーっと出続けている」という状況は存在する。書店で動いている本のどれくらいのパーセンテージがこれなのか、数値は知らないが、面積的には結構多いんだから多いんだろう。
坂本ジュリエッタみたいに、ゴーストライターとして働き、依頼に即してありとあらゆるジャンルの本を見境無くバリバリ書くという姿だってありえるのだが、それは坂本ジュリエッタが天才かつ変人だからできることのような気もする。最初からジュリエッタを目指す作家、ジュリエッタ的な才能を自覚している人って、どれだけいるのだろう。
・・・ちなみにこういうこと、「小説家になろう」(という小説投稿SNS、というのかな)ではとっくのとうちゃんに普通にある(と、知人の先生に聞いたことがある。聞いたのが1,2年前の話なので情報が古いかもしれない)。
つまり、作家志望者が作品を投稿する。ある程度やって人気が出なかったら、筆名を放棄して、新たな作者としてもう一度最初からやる。当たるまでやる、というものだ。人気の出なかった過去の筆名はイメージを落とすのでとっとと切ってしまうというのだ。こういう小説ではタイトルの方を極力目立たせ説明的にする、というのも、この動きに適っている気がする。作者名よりもタイトルの方がずーっと重要なのだ。
「作品名が表に出れば出るほど、著者名は後退する」・・・というのが、ネット小説にもビジネス書にも当てはまりそうな気さえする。
そして、
「自分という作者の存在が認知されて、人気作家になり、自分が本を出すたびファンがついて来てくれる」という素朴なビジョンは、何だか雑誌文化とかがエスカレーターとして機能していた頃の名残のようにさえ感じられてしまう。
兎に角、時代は流れていく。空港の公衆電話スペースは電源スペースに入れ替わった。作家だって生きる仕方を自分で握って考えていかねばならない。作家という意味では恐らく昔の方がもっとひどかった。作品発表機会が雑誌しかなかったんだから。今は恵まれた時代だ。だから、どういう恵まれ方なのかを考えねばならない。
・・・
こう考えていくと、
全ての事柄が
作家として生きる、というのは何を目指すことなのか、
作家として成功する、というのは何を目指すことなのか、
ということに集約していくように思われてしまう。
作家寿命は何年か。1年?10年?20年?20年だと25歳の人が45歳になる計算だ。
有名作家になって、出す作品出す作品がスマッシュヒットするような作家になりたいのか。その後はどうなるのか。東山アキコ先生とか金田一蓮十郎先生とか本当すごいと思う。何であんなパカパカ描けるのだ。
ジャンプの長期連載みたいに、一つの作品を大あてして、その作品に作家寿命の全てを費やす形にしたいのか。それは狙ってできるのか。それが終わったらその後はどうなるのか。
兎に角一つの作品を当てて(当てたいね)、じゃあそれをどこまで持っていくのか。当たるとは何を意味するのか。一時的な注目なのか、本を出せればOKなのか、本をどれだけの間出せるのか。本以外の、発表の形式はあるのか。またそれは生計をどれほど保障するのか。アニメ化とかドラマ化とかしたいのか。その後はどうなるのか。
作家名なんかどうでもよくて、その時代のニーズを駆け抜けるという作り方・売り方は、自分にできるのか。何年走れるのか。
タイトルを愛されたいのか。
テーマ性を愛されたいのか。
作家性を愛されたいのか。
作家名を愛されたいのか。

ここら辺のこと、書く側・描く側がきっちり考えてやっておかないと・・・
この、恵まれながらも不安の蔓延する時代で、不本意な踊り方をすることになってしまう人が沢山出てきてしまい悲しいことになるんじゃないかな、
と、ちょっと思った。
「作品タイトルはアピールされているのに作家の個性は認識されていない」とか、その逆とか、そういうのって多分その当人にとってはとっても不本意な状況である予感がするじゃあないですか。悲しいじゃないですか。悲しいかどうかは当人が決めることだから僕の関知するところじゃないっちゃあそうなのだけど。

古本屋は10年20年の本の歴史が背表紙になって通覧できる。だからついセンチな気分になって、こういうことを考えてしまうのでした。
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ちなみに、札幌の文教堂だと、目立つ棚には結構ちょっと政治色の強い本が多くて、それは札幌を取り巻く政治的危機感みたいなものに触発されて産まれたコーナーのようでもあるので、こういう売り方って漫画じゃ出来ないから羨ましいよなーと思ったりしたし、
漫画って結構、なんというか、時代の表層に左右されない根のしっかり張った頑健な娯楽文化なんじゃないかとかも思ったりもして、少しホッコリした。

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