ビフィダス牧場

サークルyogurt、ビフィダスの活動報告場です

2017年03月

エロ描く方のビフィダスがエンジェル倶楽部5月号(3月末発売)でマンガを掲載させて頂くことになりました。
タイトルは「アユの喫茶室」 。 
アユちゃんという従姉妹を、自分の喫茶店で預かることになった店主のお話です。
決して喋らないアユちゃん。その働きぶりはどんなものなのか。
店主はアユちゃんをどう思い、
アユちゃんは店主をどう考えるのか。
そんなお話です。
チラシ1
 チラシ2
巨乳メイドだよ!
エンジェル倶楽部、よろしくおねがいします。
前に出た単行本もよろしくね!


サンプルページ。
チラシ3

僕はマンガを殆ど読まない人間だが好きな漫画は何度も何度も読んで『鉄鍋のジャンR』とかは年単位で同じ本を便所に持ち込んで延々と読んでいた。痔になるまで読む。
で、最近のマンガで、便所に持ち込んで延々と読んでいた作品はこれだ。
紹介したいので紹介します。

掲載紙であったジャンプGIGAが終わったついでに終わったので、一巻で完結している。
一巻で完結しているマンガというと人はしばしば「打ち切られた」「継続できなかったのはにんきがないからで、にんきがないのはおもしろくないからで、だからわるいのだ」などと推測して無意識に見下すのだが、『バオー来訪者』だって『機動戦士ガンダム』だって打ち切りだし『惑星をつぐ者』とかクッソ面白いから読んでね!
で、この作品。クッソ面白い。
試し読みもある。スイッと読めて濃厚でチョー面白い。
http://plus.shonenjump.com/rensai_detail.html?item_cd=SHSA_JP02PLUS00005864_57
ぎなた式。こういう話だ。
主人公は月嵩(ツキタカ)クンという蒼穹紅蓮隊のボスみたいな名前の高校生で、スポーツセンス万能で何でもすぐ上手くなるのにあんま執着をもてずにすぐ辞めてしまう、ある種の空虚を抱えたヤンキーだ。(「まんべんなくデキる奴がまんべんなくハマれない」というのはありそうな話だ。)そいつが、國田さん(ヒロインだ)とか西條(流川だ)とかと出会い、ナギナタという競技に出会う話、なのだが、
その主人公、第一話にてナギナタを見よう見真似でやってヒロインにあしらわれた折に、西條に「お前はナギナタに向いていない」と言われる。
スポーツ万能の主人公が「向いていない」と言われることが、主人公にとって一つの心の引っかかりになる。
これ、すごい面白いと思う。
僕らはアホなので「当人の向いていることに若いうちから努力を集中することで、効率よく社会で認められて成功を得て人生の勝利者になる」というビジョンを理想だとかクレバーだとか思っている。少年漫画でも、「周囲からダメだと思われてる主人公が一つの適性を見出されることで爆発的な力を得て活躍する」的なモチーフはわりと分かり易いし燃えそうだ。
それに対し、この話は主人公が「自分に向いていない」ことを、やる、のだ。
なんか凄く面白い、特有の精神性を感じるでしょう。
そして実際その期待は裏切られない。二話も三話も最終話である四話も、クッソ面白い。
主人公がいい。精神的タフネスと明るさがある主人公は大好きだ。明るいけど道化じゃないのがいい。
ヒロインがいい。ほんわかしているのに根幹のシリアスさと独特の影があるの、1話を試し読みされた皆様にはおわかりであろう。ほんわかしているけど道化じゃないのがいい。
西條がいい。メガネだが、こいつもまたメガネの裏に悲しい影がある。メガネだけど道化じゃない。
みんな真面目に、人生にぶつかり、人生を背負いながら生きている。わしゃ涙が出る。
絵はすごい上手い。
が、絵の上手さより何より、まず描写がクッソ丁寧だ。ものすごく丁寧なマンガというのは一コマ一コマに読み流せない面白みが出てきて多読に耐える。読み返しに耐えるというのはこの時代には軽視されがちだが実際は最高級の特性だと思う。本が宝になる瞬間はそれだからだ。
本を読み終えると、なんか美味しいハンバーガーを食べた時のような満足感と多幸感に包まれる。

年末に出た本だけど、本屋さんの書棚にはまだギリギリあると信じたい。単巻作品の厄介なところは本屋で目立たないということと本屋からすぐ消えるということだが、まだギリギリあると思うから明日とか帰りがけに本屋さん立ち寄って探してみてほしい。ジャンプコミックスの棚のどっかにある。

早くジャンプ本誌とかに移籍して続きを描いてほしいという想いがあるが、一方、「週刊連載だと毎話19ページごとに見せ場を用意しなきゃいけないから話の組み立て方が月刊と全然違うんだろうなあ、週刊連載と月刊連載って、物語を組み立てる方法論が全然違うんだろうなあ」とか余計な推測をしてしまう。
 

札幌国際まんがフェスのレポートの続きです。
札幌には文教堂というシステムが整備されていて、ちょろっと歩くと文教堂で本を購入することが出来る。便利なのだ。
で、買って読んだ本。
・林修先生の本は面白い

ポップに「本当に受験は必要か?」と書いてあったのを見た時、「逆だろう、受験不要論じゃないんだから」とちょっと思った。
実際は「受験ってのは、10代の一時期を、一つの目標に向けて努力し、それを形に残せる贅沢なシステムで、嫌々惰性でやるくらいならしっかりやった方が後々人生にとっていい経験になる」という、受験とか学生とか勉強とかの意味を問い直す本だ。
で、林先生の著作はスタンスがすごくはっきりしていて、読んでて気分が良くなる。
何がいいのかというと、
林先生は「責任の取れないことは言わない」ことを徹底していて、
即ち「扇動者にならない」ということを徹底している。
よく学者とかインテリ層とかはテレビとか新書とかで口を開かせた途端に、市民を先導しよう的なオーラをぷんぷん放って嫌なものなのだが、これが無いのですごくサワヤカなのだ。
振り返るに、予備校というのは勉強をやりたい奴がやる為の場所だし、勉強ってのは出来る奴は自分でガンガンやる。そういう意味で、林先生が相手にする生徒達は基本的に責任能力が高い。そんな中で林先生自身も、生徒との応答の中で自分の責任能力を高めようと努力する。そういう、自己責任で互いを高めあう環境に身をおき続けているところから、こういう「責任を取れないことは言わない」的な態度が涵養されているのではないかな、などと考えてしまう。
巻末に、灘だかの教師との対談が入っているのだが、この灘の教師が割と扇動者っぽい感じなのに対し、林先生が笑顔で自分の引いたラインを守っているのが、読んでて微笑ましかった。
・擬似男女のお話

「店員オススメ」みたいなポップがあって、気になったので買った。気になった本は即決で買えと古事記にある。
インスタントなフェチズム系の話だったら風呂釜にくべてやるとか思ったが(過去に私が表紙買いでぶち当たった本は全部こういう系統で、それ以来表紙買いアレルギーになってしまっていた)、とんでもない、大変丁寧な本で面白かった。
三十路の独身OLである主人公が、夜の公園で一人下手糞にサッカーの練習に励む美形の少年を保護するところから始まる、二人が互いの欠けたなんかを補い合う話だ。
第一話にある「体温を計る習慣」というのを考えたのは本当凄いと思う。
男の子のリアクションがいい。いちいち、読者の心理をトレースするかのような反応をする。プール回にて主人公が水着着ないでプールサイドに来た時の男の子の顔とリアクションを見た時は読んでて「うひゃあ」ってなった。
前々から、女が年増で男が子供というペアの関係というものに関してはあれこれ考えているのだが、ちょっとさじ加減を間違えるだけで関係が一気に重たいものになるので、このさじ加減をコントロールしている作品ってすごいなあって思う。
あと、この主人公の三十路にはクソメガネの元カレがいて、レギュラーだ。このクソメガネの振る舞いが、いかにも臆病で計画的でオズオズしながらズケズケしていて、まるで自分を見ているようで読みながらゲロ吐いた。このクソメガネもまた現代の男性性の象徴だ。

・売野機子
やがて大丸をウロウロしながら、三省堂でまた本を買った。
ふと本棚に表紙が見えるように陳列されていた少女漫画風の作品を目にし、若干興味を引かれて、気になった本は即決で買えと古事記にあることを思い出して冒険して手に取ったのだ。
「少女マンガ的なトキメキ描写を、後学の為に読んでおこう」と思った訳だ。
クリスマスプレゼントなんていらない (バーズコミックス)
売野 機子
幻冬舎コミックスゲントウシャ
2016-12-24

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表紙を見ると、そんなトキメキがありそうな本に見える。
とんでもない本だった。
一読して、「俺は何て本を買ったんだ」と震えた。
二読したら今度は勝手に涙がボロボロこぼれた。
この本は短編を集めた作品集だ。
「パーフェクトケーキ」。高校生カップルの愛を描く少女マンガ、なのだが、一読して脳天を殴られて、少女マンガとは何なのかということが一気に謎になった。
「リラの消えた森で」。すごいタイトルだ。誰かが死ぬ話でもないのに。これは凄い話だった。3人の女の子が同棲生活をしていて云々という話だが、このような紹介ではこの作品のことを上手く説明できない。だが兎に角すごい好きな話だ。リラがかわいい。
兎に角、この本を読んで、私は泣きながら家に帰り、
「漫画家になりたい」と本当に思った
漫画家というのは、尊い、尊い仕事だ。
なんて尊い仕事だろう。
ちなみに、表紙の女の子の話は、作中にも目次にも無かった。これも、読み終わってから気づいて、驚いた。でもどこかにある。

で、同じ作者の同時期に出た新刊もamazonでポチって買った。

これも凄かった。
本にまた殴られた。
「ゆみのたましい」。読んで、とうとう嗚咽をこらえきれなくなって声を出して泣き喚いた。すごい。読み切りでこれなのだ。
「青間飛行」。これも凄い。メガネデブがすごい。LULUが可愛い。メガネデブがすごい。
何度も何度も読み返して何度も何度も泣いた。
ちなみにこの表紙の女の子も、本編には全く出てこない。

読み切りとは、体内で練成した魔剣を口から引き抜いて読者に打ち下ろすことだ。
僕は定期的にエンジェル倶楽部誌にて読み切り作品を掲載させて頂いているが、読み切りを描かせて頂けるというのは本当尊いことなのだ、と再認識した。
一回一回の機会を、大切にしたい。
漫画家というのは尊い仕事だ。
私は無限に漫画を書き続けていたい、と思った。

オススメです。
ちなみに、作者である売野機子先生の新連載が、ついこないだから始まった。
コミックバーズ 2017年 04 月号 [雑誌]
幻冬舎コミックスゲントウシャ
2017-02-28

「ルポルタージュ」という漫画だ。
これも、凄かった。ラブストーリーということなのだが、悪魔的なものを感じる。

・作品を、薦めたい
札幌で買った漫画の大半は、平積みされていた本で、しかも「このマンガが凄い」的なもので取り上げられていた作品だ。そこで取り上げられたから、本屋さんも薦め易くなったのだろうし、我々も手に取り易くなったのだろう。
一方、そういう意味では何の宣伝文句も飾られてなかった売野機子の作品を私はたまたま表紙買いして、一撃で自分の創作性を変容させられてしまう経験をした。
・・・
売野機子先生の両作品、本当に凄いのだが、厄介なことに両作品とも、紹介することが凄まじく難しい。
内容やあらすじを紹介しても、作品の魅力を全然紹介できた気になれないのだ。
オモシロイトコロを掻い摘んでも多分相手には伝わらない。
そもそもオモシロイトコロが、口で喋れない。
面白い所は話じゃなくて、絵かもしれない。話と絵の組み合わせかもしれない。絵じゃなくてコマかもしれない。コマと絵の絡み合いかもしれない。つまりマンガだ。マンガというのはそういうものなのだ(無論、歌を曲と歌詞に分けられるように、マンガを絵とストーリーに分けることは出来るのだろうし、分けて紹介できるほうが「紹介しやすくて便利」ではあるのだが、それはあくまで便利というだけの話だ。マンガという表現をフルで使った結果、絵とストーリーがぐちゃぐちゃに絡み合って引き剥がせない、というものになることはある)。
電子には若干の試し読みもあるが、試し読みで興味を引かせるような内容の作品ではそもそもない。
SNSにスクショを上げて、4P分のスクショでなんかネタっぽくあげつらえて皆でワイワイできたり4Pでコンパクトに人を感動させられて拡散されるようにも出来ていない。
だが、面白い。
この世にはこういう仕方で存在する作品もあるのだ。
・・・
こういう作品を見ると、私の心は引き裂かれる。
「多くの人にまず知ってもらわなきゃ話にならない、知名度を上げねば買われないのだ、今を生きる為には全話公開するのがクレバーだ。炎上商法してでも商品を拡散すべきであり、マーケティング的にも正解ですよ!」という気持ちはある。
だが、「本を買った人が一番最初にその作品と出会い、その作品世界を分け入っていく、というあり方を大切にしたい」という気持ちが、抗いがたく存在する。自作品にだってそう感じる。
しかも、「手早く知ってもらうことに全く向かないけど、読むとすごい作品」というのが現に存在する。
そういう作品を、私は応援したい。こんな作品があるということを世界に知らしめたい。

ので、私は今後、なんか面白いものやオススメしたいものがあったらこのブログで紹介することにした。
「オススメ」というカテゴリを設けたので、今後はここにちょくちょくと面白かったものを紹介していきます。


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