先日のコラムで私が自分の年齢を21歳と述べたところ、一部の方にショックを与えてしまった様子なのですが、
実際のところ私はもうちょっと年寄りで、17歳だ。
毎日ラジオ体操や筋トレをしているのは、それをやらないと身体のコンディションを維持出来ないからだ。
様々な余暇や趣味を犠牲にして進んだ本業において挫折し、敗北者としての未来しか見えなくなった。
夜、寝床で暗黒の天井を見上げながら、
このまま何者にもなれず何も生み出せずに死ぬのか、せっかくこの世に生を受けて、このザマか」と絶望的な気分になる、そんな日々を過ごしてきた。
そういう時に、丁度『エンジェル倶楽部』誌の編集さんからスカウトがかかり(コミケに出してた同人誌を目に留めて貰えて)、漫画を描くという人生を得たのだ。 
漫画を雑誌媒体に載せるというのは長年の夢の一つであっただけに、可能な限りしがみついていきたい。
……
さて、絵を描く人について回るトラウマワードの一つが「年齢」です。
「こんな上手い絵を描く人が学生?死のう」とか、そういう思いに囚われる人は多くいることでしょう。 
目指すところが漫画家なりイラストレーターなりという職業であれば、なおさら「年齢」というのは重大事に思える。
ような気がする。
だが、それは本当なのだろうか。それは巨大なマヤカシかもしれない。今回はそういうコラムです。
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●「この人こんな若いのか!」と知ったとき、我々は一体何に劣等感を感じるのか。
これを振り返ってみることは重要だ。そして、その内実をいざ見てみると、実は大方こういうところなのではないだろうか。
・若いくせに絵が上手い

・若いのに絵に熱中して携わってきて、様々な画風やモチーフを吸収し、技能を磨いているというのが羨ましいしスゴイ
この辺りなのだ。
※「才能」のことは放っておこう。才能という言葉、多義的過ぎる。持って生まれた観察眼。手先の器用さ。視覚情報を指先から出力する際のスムーズさ。好きなものに熱中できる力。努力を成果に還元する際の時間効率。それを許容する生活環境。育成環境に存したモチーフの質。……「才能」には様々なものが含まれすぎているし、その一つ一つの要素を見ていけば、様々な対抗策、代替策、迂回案は提示できるものだ。そして、並外れた才能の持ち主、「天才」には、そもそも勝てないから気にするだけ無駄である。
……振り返ってみると、「若い人」には「絵に熱中できる時間」がある。学生時代なんてのは落書きの時間が山ほどあるからだ。
その熱中から、技術的成果を出して、それを若い段階で世に出せて、名声を得ている。この辺りが、羨ましさの中身なのではないかと思う。
一方、年寄り側が総じて欠いているのは「熱中と時間」だ。熱中したくても生活に追われて思うように時間が取れない。そもそも熱中できない。時間を上手く活用できない。今からじゃ追いつけない気がする
だが、この辺りの問題、つまり「熱中と時間」の問題は、年齢に関わる話じゃあないのだ。この問題は若い人をも等しく悩ませているし、そして、生活サイクルやモチベーションのマネジメントを自覚的にやれば、いい歳の大人でも一定の仕方で確保できるものだ。
(このマネジメントすら出来ないぞバカヤロー、という人は、多分理不尽なまでに不遇の生活状態にあるので、絵とか言ってる場合じゃない。役所とか行くべき。
熱中と時間。これを大人になって確保する。
その場合、やるべきことは……大体こんなところだろう。4つ挙げる。

1・自分が好きなものに取り組む意志を明確化する。
趣味など無意味、愛好などいずれ冷める」とか思っちゃわない。理由。内的動機という内燃機関さえあれば人間は早々モチベーションを失わないから。エヴァでいうS2機関。これがないと、「周囲から好意的反応が得られない、ちくしょー乗り換えだー目立ちてー」とかなって右往左往して作風がグチャグチャになって一発逆転に頼ろうとしてアースクエイクのビッグカラテを食らって爆発四散したり、やる気の電池切れを起こして立ち往生したりする。
内的動機があれば、堂々と一千発のスリケンを投げ続けることが出来る。
絵一枚では何にもならなくても、積み上げられた20の作品は「ポートフォリオ」になり、更に積み上げられた100の作品は「コンテンツ」になる。最近身にしみて分かったことだが、量は質になる

2・生活環境の見直し。
事柄に優先順位をつけ、無駄な時間をなるべく減らして、好きな事に携わる時間を作る。絵筆を執る時間も。疲労を減らす為に身体のケアをしたり(ラジオ体操とか)食生活を見直すとかも重要(濃いラーメン食べないとかエナドリ飲まないとか、昼飯を豆腐にすると午後も眠くならないとか、そういうのね)。あと、作業環境を整備して姿勢とか良くして疲労を減らすとか、家族の理解を取り付けるとかいったことも、とても重要なこと。

3・モチベーション環境の見直し。
絵を描き続けるには適切なモチベーション環境を構築して改善していくことが重要だ。イラストSNSに絵をアップした時に多くの人に見てもらえて喜んでもらえるとモチベが上がったりするでしょう。そういうのだ。例えばネカマになって、オシャンティなカフェの写真と、ひじまんこ(ひじを寄せて皺を作ってそれをクローズアップして写真に撮るとそれらしく見える)の写真とかを上げつつ「練習中ですー」とイラストを上げたら多くの人に見てもらえて応援してもらえる気がする。
あと、そうやって作品を公開していけば、尊敬すべき作家であるとか、競い合える作家仲間とかが自然と生まれてくる。そのつながりの中で、自分のモチベーションを増進できるように環境をまた整えていく。「この人と繋がってると精神が不味い」と思ったら距離を置く、とかも含めて。

4・効率的に成長するメソッドの確保。
モチベーション維持の一環だが、ダラダラ練習するより効率的に練習したいものだ。じゃあ何をするのかというと、絵が上手くなる方法というのは「絵筆を執って、背伸びして、惚れたものをあちこち吸収しまくる」ってことに集約される気がする。これをやるには精神の統一が不可避で、ちょっとでも我執とか自尊心とかがあると、すぐこれが出来なくなる。私はこれが凄まじく苦手で、この我執のせいで多くの時間を不意にしたという自覚がある。でもまだ苦手。理想の絵描きへの道は遠いのう婆さんや。

……こういうことなのだと思う。
こういう事柄は、重ねて言うが年齢とは特に関係ない。若い人でも、これが整わなければ苦労をするし、そうやって挫折して行くのだと思う。そして、その道のベテランのような人であっても、ずっと悩んでいる問題なのだ。だから安心して悩んでいい気がする。問われる事は本人の精神的資質のみだと思う。

●「でも、歳を取ってると実際色々不利なんじゃ?」という疑問に対して。
ケース1:趣味で絵を描いてインターネットお絵かきマンになる場合…
年齢なんぞ誰も気にしない。SNSに年齢を正直に書いてる人、いないじゃん!(本田未央ボイス)
ケース2:お仕事を受ける時には……?
今の時代、ツイッターやピクシブといったSNSで目立つ絵描きさんにはサラッとお仕事の依頼が来るものだ
だから、そういうお仕事なら年齢とかあんま関係ないと思う。
スカウトする側は「その人の作品が価値になる」と思ってスカウトしているのであるから、年齢とかあんま興味あるまい。
只でさえ行く先の不透明なエンターテインメントの世界、「何か新しい作品、何か他と違う作品が欲しくて欲しくて仕方がない」この世界において、生産者の年齢を気にするなんてのはクソデカイ週刊少年誌とかそれくらいの、ほっといても新しい才能が山ほど集まっては散っていくような一握りの世界だろうと思う。
ケース3:商業連載とかは?
私は雑誌を売る側にいたことがないので、あくまで「読み手側」の話しか出来ないが……

前に、知人の作家さんとこういう話をした。
私「雑誌が作家を誌面に載せたいという時、年齢とか関係なくないですかね」
作家さん「いや、あると思いますよ」
私「面白ければ何でもよくないですか?」
作家さん「考えて見ましょう。同程度の作品が二つあって、一方が『20です、元気いっぱいです』って人で、一方が『30です、人生かかってます』って人だったら、貴方が編集だとしたらどっちを取りたいですか?」
私「フゥーム」
作家さん「但し、『一定以上の社会経験がないと生み出せない作品』というのはありますよね」
私「ハイハイ、業界話とか人生話とかそういう」
作家さん「ナニワ金融道とか。そういう作品はとても価値があるでしょう」
……
こういう話を聞いていると、こういう考えが首をもたげてくる。
歳を食っているということは、武器に出来るのではないか?
20歳と30歳で同じ作品を描いていたらそりゃ20歳の方がいいかもしれないが、
つまりは違う作品を描けばいいのだ。違う存在であればいいのだ。それで価値を提示できれば。
折角だから、ちょっと思い当たる節を挙げてみよう。

●年寄りの良い事
・社会経験がある。それに基づいた、ミョーなリアリティのある作品を生み出せる。社会の事柄しかり、自分の事柄しかり。
・社会経験や自身の経験、広い見聞に基づき、中長期的セルフマネンジメントが出来る。
・広い人生経験に基づいて作風を管理したり作風を散らすといった作品マネジメントが出来る。
・細かい思い入れが減る。思い入れがありすぎて作品を逆に生み出せなくなる傾向、というのはよくある。歳を食うと、もはや「絶対に描きたい主人公」とかの思い入れがなくなってくるので、クールに分析してキャラを作る事ができる。
・社会的作法が分かっているので、編集さんとかと仲良く、正しく、仕事が出来る。そういう人付き合いで精神を消耗したり人生に悲観したりすることがない。若い作家さんだと結構あることらしい。
……暫定的に列挙したが、こういうことも、実のところは「年齢に関わる話」じゃあない。若くても、本とか読んだり様々な人生洞察を得て、しみじみした作品を作る人はいる。(先日話題になった、芸人を挫折した28歳のアイドルオタクが再帰する話とか、作者の中島祐さんはwebの記載では23歳だ。)それに、歳をとってもセルフマネジメントが出来ない人というのはいる。やっぱり年齢の問題じゃあない。

●年寄りの問題点
・体力が減る。健康が減る。これは不味い。……でも、若い人でも不味いものは不味い。早逝した作家さんの数を考えてみればわかることだ。
・生活環境が、漫画を描くことを許さなくなる。これはさもありなんという話だなあ。よく、「デビューを志望しながらも作品を作れずにアシスタントを続けている内、作家や周囲の優秀アシに自分より若い人が増えてきて、段々と静かにその世界から足を洗っていくケース」なんて話は耳にする。……しかしこれも、問題は「年齢」じゃなくて「当人の作品製作能力と、年齢をヘンに気にするメンタル」が問題という気がする。
・新しさが無い、絵柄が古くなる。作品を発表しないまま歳を食うと、我執が強くなるので、こういうパターンに陥るのはさもありなんという話だ。……だが、これもつまりは「作家の勉強ぢから、吸収ぢから」の問題だ。ベテランでありながら絵柄を最新のものへと更新し続けて最前線を走る先生は、現にいる。高校生の頃から我執に囚われて「自分の絵を手放したくない」とかやってるうちに鬱屈する子、なんてのも、いる。
・新しい事柄に、興味関心を持てない。これはキツい!キツい。新しいアニメを見ない。ラノベの表紙が全部同じに見える。最新のゲームを追いかける気力がない。『ぼのぼの』に出てくるアライグマのオヤジのようなものだ。全てが同じ景色に見えてしまうのだ。だが……興味関心を持つというのは、自分の心に問いかければ自然と出てくるものだし(私にだって好きな作品はあるし、ボルチオエステサロンとか好きだ)、そもそも「全てに飽きた立場から提示できる価値」みたいなものは、ある気がするのだ。気がするだけだが。
勉強しない。上の問題と連動して、この傾向は不可避のように思える。……だが、勉強しないと死ぬのはどの年齢でも同じだ。若い作家さんが輝いているのは若いのに勉強しているからだ。一方、歳をとっているのに勉強を絶やさずに魅力的な絵を描き続けている人は身近に沢山、沢山いる。輝いている。つまり、輝きの源は勉強ぢからにあるのだ。若さじゃない。

……考えれば考えるほど、年齢の問題は本質的でないように思えてくる。

また、こういう視点もとれる。

●若い人の問題点
若い人ほど、実は更に他人の若さを気にする。これは先日、クッソ若い作家さんとさぎょいぷして知ったこと。考えてみればそうだ。学生の頃って、1つの学年差が絶対的な意味を持ってたもん。わかるわかりティ。そして、ソレを気にしすぎて自分から潰れていく、なんても、ありそうな話だ。一方、社会人になったら10歳20歳の差とか別に気にならん。興味があるのはその人の魅力だけだ。
・若い人には多くの可能性がぶらさがっているだけに辛い。これもよくある。歳を食うと、欲望が捨てられていった結果、やりたいことだけやる、みたいな鋭さを見せるケースもある。
・若いので社会知がなく、結果として人生を見誤ったり、メチャクチャな仕事をあてがわれて憤死したり、クソみたいな担当さんにムチャを言われて情熱を失う、なんてケースも、聞く。悲しい話だ。
・若いうちに専門特化すると、人生のツブシが効かなくなる。ああああ辛い。だが、人生のツブシの問題は年寄りにもあるか。ヒエー!
これ以上こういう暗い話はやめよう。 
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●問われるのは、「今」だけなのかもしれん。
とある作家先生がトゥイットしていたことを覚えている。
「絵と年齢の問題に関しては、実は『今その人が何を描けるのか』だけが問題なんじゃないだろうか」
結局はそこなのだ。
だって、高年齢でも若々しく魅力的な絵を描いてどんどん成長している人が現にいるんだから。
じゃあ、その「今その人が何を描けるのか」の「今」とはいつなのか、と考えると
「最新作」
ではなく
次回作、次に、ちょっと背伸びして新しい事に挑みながら絵を描く時の、そのタイミング」なのだろう。
こう定式化すると、自分に刺さる。こんな文章書くんじゃなかった。
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●マジックナンバー35
マジックナンバー35というのがある。「夢を追いかけていた男が、35歳になると夢を追うことを諦め、その結果として人生が無重力の闇に転げ落ちる」。そういう現象だ。
30代半ばの男性が特殊な犯罪を犯すケース、多いだろう。脅迫とか通り魔とか。あれだ。
だが……案外、そんな悲観したものじゃないのかもしれない。そう信じたい。