気になる女の子のスカートの中身を誰かにめくられて「これが正解ですホラホラ」と見せつけられるよりは、
自分でスカートをめくって、中身を自分でまさぐって探索したいものだ。

それと似たような理屈で、漫画家とか文筆家は一般に、自分で自分の作品にあれこれと解説を加えたり作品意図をつまびらかにすることを避ける傾向があるし、私もあんまべちゃくちゃ喋らない。
どうか読んでみてね!
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ですが、今回出した単行本『キミを誘う疼き穴』(←詳細・最新情報はこちら!)に収録されている
「雨宿りのミカ」という作品については、ちょっと書き記しておきます。

雨宿りのミカ。
練習006
この作品は、性的趣向含めてちょっと冒険した話で、雑誌で出すにはちょっとリスキーなタイプの話だ。
普通だったら避ける。
だが、私は二つの理由でこれを描いた。
理由1、めっちゃ描きたかったから描いた。
どうしても描きたくなったから描いた。これを描くことを許して下さった編集さんには感謝している。
理由2、私の雑誌上での人気が、この時点でそれなりに上がってきていたから描けた。
もし私の雑誌人気が低空飛行で、失敗が許されない状態だったら、危険球は投げられなかっただろう。
が、「ミカ」構想近辺で私の作品の雑誌アンケート結果がそれなりに(というかかなり)好評で、この反応を受けて、エンジェル倶楽部誌内での私の認知度がある程度の地点にまでいっていると感じた。
多分、それがなかったら自由に描かせてもらえなかった気がするし、自分がそもそも自由に描けなかった気がする(それまでも結構自由に描いてたけど。「ミカ」の前作「松原さん」もかなり自分の好きなものをドンと描いた冒険作だった)。

単行本が出て、読んで下さった方から「ミカちゃん良かったです」という声を沢山頂戴した。
本当嬉しかった。描いてよかった。というか、描けてよかった。
・・・
つまり、読者の皆様には何重にも感謝があるのです。

作品、どうか読んであげてね!
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付記。
「一つの作品集の中に和姦と強姦が混じると良くない」と古事記にある。
だが、この古事記の言葉がどこまで的中しているかというと、よくわからん。
武田弘光先生の超名作『ツンデロ』では、殆ど全て恋人同士の和姦モノだが一つだけ強姦がある(新体操の女の子がコーチにコマされる話、あれだ)。
だが、私が結局一番使ったのは、その強姦モノの一本だった。
だから、性的趣向が「一つの作品の中でちょびっと散っている」というのは、悪いことではないように思う。
また、そもそも武田先生の作風が和姦と強姦の区別が付きづらいので強姦モノの存在が許されてる、というのもある。全部が「アヘ顔を晒す変態女」の話なので、和だろうと強だろうと気にならないのだ。
かわいいイチャラブもの9本の中にNTRを一滴たらせばそりゃキツい。誰だってキツい。俺だってキツい。だが、赤紫の中に青紫もある、程度の配置に出来るならばリスクだけ緩和し興奮のバリエーションを引き出す、みたいなことができるのかもしれない。
そして、和・強というカテゴライズも、あんま全ての作品を規定できるものではないのかもしれない。表現というのは奥が深い。決め付けが通用しないケースが多々ある。