7月31日締切『イビツな愛の巣』色紙プレゼントキャンペーン、多くの皆様のご参加まことにありがとうございました!!!
エンクラポスター1
↑データを漁っていたら出てきた、「フタゴの密室」の表紙/ポスターのラフの一つ

SNSの時代が進みすぎて、当初SNSにあった「感想を気軽に共有しあえてハッピー!」みたいな機能が逆に失われつつある中、こういったキャンペーンの力を駆りながらであれ、こうして皆様のご感想を頂戴できましたこと、本当に嬉しいです。
イビツな愛の巣 (エンジェルコミックス)
ビフィダス
エンジェル出版
2018-07-17


さて、実は今、単行本二冊目を出した節目の反動なのか、自分の具合があまり良くないので、ちょっと脳味噌の整理の為にコラムを書きます。
「スランプや不調の原因究明や自己分析をするのは悪影響を加速させる」と古事記にはあるのですが、多分何とかなるでしょう。

・作家が要求される必須アビリティ
に、「忘れる」という能力があります。
多分、漫画を描いた人が編集部に持ち込みに行き、新人賞とかに向けてその原稿を仕上げ、提出したときに編集さんにまず言われることが、次の言葉だと思います。
「お疲れ様でした、ではこの原稿のことは忘れて、次に行きましょう」。
忘れて次に行く、というのは物凄く大事なことです。しかも何重もの意味で大事です。
・思いついた最初のアイデアに拘泥していると次のアイデアが出てこなくて生産性が下がる。「生み落としきれなかったアイデア」は脳のワークスペースにいつまでも残り続けてめちゃ邪魔になる
・次々描いていくことこそが作家には求められるので、次々定期的に描いていく体制を整えなければならない。「継続的に新作を描く」という意識を持つことと、「この作品一つを完璧に仕上げる」意識とは、立体と平面くらい違う。しかもこの重要性、あんま「漫画のノウハウ教本」とかに載ってない気がするんじゃよ。very重要と思うんよ。
・自分の過去作とのアイデア被りとかを気にして、新作が思いつかなくなるのが苦しい。こういう、「足跡のついていない場所を歩かなきゃ意識」を持ってしまうと、地雷原を歩くような気分になって臆病になって創作が続かなくなる。
・・・
そんなこんなで、忘れるというのはとっても大切なことなのです。
デビューを目指す創作志願者にとっても、デビューして連載を目指す作家でも、継続掲載し続けている作家でも、夫々の仕方で当てはまることだと感じています。
言ってしまえば僕らはどんどん次に行きたいのです。
ですが、ここで私たち作家にのしかかる重大な問題がございます。
そう、自作の宣伝です。

・「新作執筆」と「過去作宣伝」のベクトルは正反対
宣伝。
自分の描いてきたものが、自信を持って世に送り出すことの出来る価値あるものであることを公に広める営みですね。
当然、今の時代は作家は自分で自分の作品をガンガン宣伝していかなきゃいけない。
「2年かけて単行本を出しました、本屋さんに新作は毎週毎週リリースされます、だから一週間で私の新作は話題から消えました」というのは物凄く切ない。
しかも、自分の作品が世に出ることを一番気にかけているのは他の誰でもなく自分です。
だから作者本人がこれを堂々とやるわけなのです。
当然の営みに思えるし、どこかの誰かにおんぶに抱っこを期待できない今の時代には必須ともいえるかもしれない。
ですが、これには結構厄介な副作用があるのです。
つまり、自分の過去作を思い出してしまうのですね。次に進む為に忘れなきゃいけない過去に、直面しなくてはならない!
1・こんな作品を描いてたのか!次はこのネタ/テーマ/構図/構成では描けない
2・こんなに喜ばれたのか!次はこれを超えなければならない
こんなことを考えてしまい、作家は割と窒息状態に陥り易い…のです(現状の私が多分この状態にある)。
多分読者の方は作家がビビってるほど気にはしていないと思うし、「最新作を最初に手に取る読者」にとっては過去作とか関係ないので、本当、ビビッていても仕方がないのですが、ビビる人はビビる。
「分業したら?」とか「作家が広報までやらなきゃいけないこの時代が悪い」とは全く思いません。
これは、野球選手が打つ・走る・投げるを全部やらなきゃいけないように、格闘技の選手が筋肉をつけてから減量して贅肉を絞るように、食品を扱うパン屋さんとかが同じ一つの手をつかって食品を包みながらお金を受け渡しするように、個人事業主が確定申告を自分でやるように、一つの稼業が担う矛盾した宿命と言えるかもしれません。
じゃあどうするか…という話です。
台湾の屋台ごはんとか、衛生管理が結構徹底していて、おにぎり作る手は絶対にラップごしになってて直接食品に触れなくなってたりするじゃないですか。
そういうように、作家にも、こういう不調を精神論に頼らずに克服するオートマチックなシステムが必要だと思う訳なんですよ。
今回は脳整理のためにこれをしたためておきます。

・次から次へと新しい作品を作る方法論
作家というのは不思議な生き物で、
「次に描くべきネタがない、目の前が真っ暗」と悩む状態と
「展望が開けていてネタが次々あふれ出す、ここ10作はネタ出しに詰まらず描ける」と有頂天になっている状態とが
殆ど紙一重で交替します。
で、この後者、「展望が開けている状態」をどれだけ維持できるか、が、作家が作家を続けていく時のキモだと思う訳なのです。
それの維持の為の要素やヒント、今から思いつくままに列挙します。
1、ここ10作の統一テーマ・ジャンル・属性が定まっている
「イビツな愛の巣」はこれがカンペキに決まっていたので、第一作「キミを誘う疼き穴」が終わった直後からモチベーションが下がらずにガンガン描けたし、「イビツな愛の巣」のテーマが決まりまくっていたからこそ、そのテーマに外れたアイデアを「失楽天」の方でコントラストある仕方で発表できていた。 この2年の創作の順調さは「イビツな愛の巣」ありてこそのものだったのですな。
2、基本構想からレパートリーを10作くらいザザッと列挙する。
例えば「学生モノ」という基本構想があれば、
・学生同士の和姦
・学生同士の非和姦
・先生と生徒の和姦
・先生と生徒の非和姦
・部活動→水泳、陸上、球技、文芸部、書道とか茶道とか、シミュ研みたいなオタク系
ってな具合でババッと列挙して10のレパートリーが出来てしまい、そうすれば10作分は少なくとも主題で悩んだりせずに描ける訳です。
「基本構想」と「レパートリー10個」の組み合わせは、おっそろしく便利です。
(逆に言うと、基本構想で悩むと辛いのですね。でも、これ抜きでやると、「レパートリーですらない思いつきを頼りに新作を10作作る」という地獄みたいな状況になるので、創作の手が止まる気がします。あー今悩んでるのはここだ俺!!!)
3、毎日主菜が同じだと飽きるけど副菜は飽きない
つまり、作品を彩る特徴には、「連続するのにふさわしくないもの」と、「別に特に注目されないので何度使っても誰も文句を言わないもの」があるのです。
主菜と副菜のバリエーションを変化させていけば、「飽きの寿命」はどんどん遠ざかっていくと思うのですよね。
4、話の基本構造のローテーション
話作りには骨格があります。
この骨格を意識的に毎度交替させていくことで、飽きの寿命を引き伸ばすことが出来ると思います。
例えば、ジョジョの奇妙な冒険の話の基本構造は
【敵が出る→敵が調子に乗る→敵の謎を解く→オラオラ】
ですが…あっ、ジョジョは大概これや!!

こういったことを、手を変え品を変え、対処療法で自分に処置しながら描いていければ、私はどんどん描ける!気がしてきた!!

元気が出てきたので、コラムはここでおしまいです。気づいたことがあったら追記していきます。