例えば自分が最高の料理を考えて、その研究のためにいろいろなものを食べたとする。
ステーキに感動し、寿司にも感動したとする。
それで、いざ自分が料理しようとしたときに

1、ステーキを焼いてから「寿司の味じゃない」と悩み、寿司を握ってから「ステーキの味がしない」と悩み、苦しむ

2、ステーキを焼きはじめながら「寿司の味を足さねば」と思い、よくわからない料理にしてしまい発狂する

こういうこと、わりとよく起きる。

これ、「整理ができていない、区分ができていない」ときに起きることであり、
必要なのは正しい区分であることがある。
「これはステーキの事柄だから」「これは寿司の事柄だから」と、きっちり区分することができれば、このごちゃまぜ病を回避することができる…筈だと今思っている。
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例えば…
「わかりやすい話、キャッチーな話」

「多くの読者に共感されやすい話」とは、
得てして排反する。
変な果物食って身体がゴムになった、どっかの世界の海賊志望の男子のお話と、打ち込んでいる趣味とかのない男子高校生の話とはちょっと感情移入の形が違うし、
三つ編みメガネぽっちゃり隠れビッチ委員長みたいな属性てんこもりヒロインのお話と、男性社会に打ちのめされて疲れた女子社員のお話とでは、感情移入の形が違う。読まれ方が違う。
(無論、山賊に叩きのめされ無力感に泣くルフィには感情移入できるし、隠れビッチ委員長に感情移入したりはするかもしれないけど、とりあえず「自分にも起こりそう」感は低い。)
これは選択の話、区分の話なのだ。
だが、ここをごちゃまぜにすると、「ルフィが海賊志望というのは動機として共感されづらいからルフィはどこにでもいる男子高校生にしよう」とか、はたまた「女子社員じゃキャッチーさが足りないから属性てんこ盛り隠れビッチ変態にしよう」みたいになり、すべてがぐちゃぐちゃになってしまう。
(じゃあルフィは共感不能の奴かというとそうでなくて、「海賊(シャンクス)への尊敬と憧れ」だとか「力のない自分への無力感」だとか「正義感」だとか、我々でも理解し共感できることが1話にみっちり詰め込まれているから、いいんだと思うんだ。)

「区分する」ということ、心にしっかり留めておきたい。
ここ数日の地獄のスランプの中で思ったことを書き留めておきました。

・ごちゃまぜ病はどういうときに起きるか
1、新しい方針を決めるためにインプットを増やしてしまった直後→つまり、インプットしたら適当に放置して腐らせてから使おうね。
2、乾坤一擲のアイデアを出さねばと焦っている時→この世に乾坤一擲の勝負というのは実はほとんどないにも関わらず、なんか他人の目とか期待とかを考えちゃったり、ブランクが長かったりするとこうなる。バンバン連作する状態に身を置くなり、プレッシャーとか感じずに球を投げられるといいよね。
3、多方面からの要請を全部満たさねばならないというような状況になっている時→ここ、扱いが難しい。「全てを満たす良いアイデア」みたいなのって、枝葉の先に身を結ぶことがあんまなくて、根本のあたりからニョキッと生えていることの方が多い気がする。アイデアに対して身軽でありたい…