ビフィダス牧場

サークルyogurt、ビフィダスの活動報告場です

雑記

ビフィダスAです。
コミックマーケット90ご来場の皆様、そして当スペースに足を運んでくださった皆様、誠にありがとうございます、そしてお疲れ様でした。
今回も沢山のことがあって、嬉しい事や元気付けられることが山ほどあったにも関わらず
産後鬱めいたデプレッションまで誘発しているので、
脳の整理がてらレポートをします。
「よかったこと探し」をすると、幸せな思い出が増えると古事記にある。
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1・「新刊」と「準新刊」
コミケというのは8月の夏コミと12月の冬コミ、年二回あって、冬と夏の間の5月近辺にはCOMIC☆1(コミ1)という即売会がある。(このコミ1、コミケよりは小規模だが大イベントで、聞いた話では「コミケ搬入数の半分くらいの部数が適正搬入数」なのだそうだ。コミケで400部売れる人はコミ1で200部売れる、みたいにね。 )
「年に二回のコミケには来れるけどコミ1には来ない」という方のために、コミ1の新刊を夏コミにも持って行ったら喜ばれそうに思える。
そんな訳で、夏コミにはコミ1の新刊を「準新刊」という扱いで持ち込んだのだが、これがクエスチョンな結果になった。
大体、多くの参加者の方はサークルに対して「新刊下さい」と声をかける。
一般参加の方「新刊下さい」
こちら「二冊と、あとコピ本があります」
一般参加の方「じゃあそれで」
こちら「では○○○円です」
こういう会話の中に、「こちらコミ1の準新刊です」という言葉を差し挟むタイミングがない。
結果として、コミケ序盤は準新刊が空気のような扱いになってしまった。
(ちなみに、新刊鹿島本が売り切れてしまったタイミングから、この準新刊鹿島本が息を吹き返すようにブリブリと売れて行った。だからやはり売り方の問題なのだ。)  
準新刊が目立たなかったことにはこっちにも原因がある。つまり、準新刊と新刊、なんか配色も題字もソックリさんなのだ(当日まで気づかなかった。俺のバカ)。
キャラが違うだとか、ナンバリングしているだとか、そういう仕方でちゃんと作品を印象付けられていたら話が変わっていた気もする。
…まあ、同人誌というのは思いついたものを無計画に描くことも醍醐味なので、何でもかんでも計画立てる訳にはいかないし、計画立てれば賢いという訳でもないのだろうが。

…悲しいパターンは、「持ってない本なのに、既刊だと思って反射的にスルーしてしまった」ということが起きる事だ。
これを防ぐ為の知恵を、絞っている。何かあったら下さい。

2・会計の問題
会計は手間がかからないほうが絶対的にいい
一般参加者としては、時間の限られる中、長い列に並ぶよりはパパッと買える方が嬉しいに決まってる。サークルとしても、短い時間にポンポン売れる方が気持ちがいい。
という訳で、今回の私の「新刊2種類にコピ本まであって1100円」というのは、あまり良い設定じゃあなかった。
……
一般参加者の方「新刊下さい」
こちら「二冊に、コピ本ありますよ」
一般参加者の方「……じゃあそれも」
こちら「1100円です」
一般参加者の方「……(サイフから100円玉をわざわざ出す)ハイ」
こちら「ありがとうございます(本を手渡してからお金を受け取り、100円玉を仕分けする。場合によってはお釣りも発生する)」
…すごく手間がかかる。

世に、新刊セットという売り方がある理由をやっと体感した。
とはいえ、新刊セットをわざわざ作るのも難しい話だ。私の作品はエロとギャグがあって守備範囲が違うからだ。
そんな訳で、ちょっと反省するも良い知恵が出そうにない状態にある。

3・ スタッフ数
僕は普段、「私と、留守番をお願いできる売り子さん一人」の二人体制でスペース運営をしている。
で、今回は有名サークルが軒を連ねる激戦区にて、結構な量の搬入をした。ダンボールの山でスペースが埋まるので出入りする通路がない、という状態だった。
はっきり言って二人じゃ手が足りない。最低もう一人、背後に待機して貰ってダンボールの整理・在庫管理等お願いすべきだった。隣にて早々に完売されたサークルさん(もさんとこね)にお手伝い頂いてしまったし、ご迷惑おかけしてしまった。
とはいえ僕には友人が少ない。単身で動く事を常とするマンの辛さよのう婆さんや。(←これも間違いなのだ。もし僕が本当に「手伝ってもらえる友人」を作りたいのなら、ちゃんと人を遊びや食事に細かく誘って、或いは人の輪にちゃんと飛び込んで、機会あるごとに互いを助け合うとかいったことを積み重ねるべきなのだ。「ボク友達が居ないので○○出来ません」というのは、言い訳としてはかなり情けない部類のものなのかもしれん。)
売り子をお願いしたレイヤーさん(よしのさん!)は恐ろしくタフに働いて下さった。「どこかのタイミングで○分は座ってもらう」みたいに休憩時間を明確に定めて厳守させるべきだった、と、後悔している。

4・ ねこのしっぽ
印刷会社ねこのしっぽさん(私は近頃専らここにお願いしている)の搬入ダンボールは、外面に「イベント名と日程とサークルスペース・サークル名・本のタイトルしか書いてない
数年前はそうじゃなかったと記憶しているが……つまり、ある時からこのように変えたのだ
こういう配慮をする印刷所は、利用し易いと思う。
私が一体何を言っているのか、察する人は察するだろう。 
全ての印刷所がこうだと、いいよね…!

つづきます

2016年賀
明けましておめでとうございます。
旧年は沢山の方と知り合うことが出来、そして沢山の方のお世話になりました。
今年もよろしくお願いいたします。 

また、旧年のコミックマーケット89、ご来場ありがとうございました。
こちらでも大変様々な経験を致しました。
折角の機会ですので、備忘録がてら、幾つか書き残しておきます。
【C89、壁サークルでの参加と合同誌主催】
今回のコミケは、100P超えの合同誌の主催と壁サークル参加という二つの新しいことが重なった参加形態となりました。
そのことが、結果的に様々な幸せと、一方で確固とした不都合とを招くことになりました。
壁サークルと聞くと、コミケの花形だとか、一流サークルの象徴だとか、そういう印象を抱く方もいらっしゃるでしょう。
実際私もその一人で、人生において一度は壁サークルというものになってみたいと強く思念してはいました。
が、これ、完全なる誤解です。
搬入数を増やせば壁配置にはなる訳で、「壁になったから人気サークルになる」という訳ではないのです。
人気サークルであれば壁であろうが島中であろうが人気サークルであり、人気サークルになりたければまず作品魅力を増すべき、と言う話なんですな。
で、僕が今回感じたこと、「何が変わったのか」そして「何が変わらなかったのか」について一つ一つ述べていきます。
【変わったこと】
1・不自由
今回は合同誌主催ということもあり、寄稿者への配本・返礼を自分で管理せねばならなかった為、
結果としてスペースから殆ど出られなかった
コミケの醍醐味である、「スペースをあちこちゆっくり回って様々な作品に出会い、様々な方にご挨拶して本を交換したり購入したりする」ってこと、「コスプレ広場を歩き回る」みたいなこと、
そういうことが殆ど出来なかったのが強い苦痛だった。
もちろんこれは「合同誌主催」という特殊な立場に拠る事柄でもあるのだろうけれど、
壁サークルならば扱う物品量も扱う金銭量も多くなるのだから管理という点でもあまりウロチョロは出来なくなる。
「完売を目指した搬入量」に調整すればこの点は解消される気もするが、果たして。
2・人に会えない
これも上に付随することだが、前の夏コミのように「いろいろな人に出会う」ということが封じられた。
前の夏コミは誕生席で、隣近所が同ジャンルに囲まれていたので、様々な場所とのアクセスが良かった。席が近いなら、遊びに行くのも簡単で、結果多くの人のところに気軽に回れたし、多くの人がこちらに気軽に来てくださった。
だが、今回の壁配置は、艦これ島から遠く離れた箇所の配置となってしまった、こちらからは行き辛いあちらからは来辛い
また、壁サークルの人間に対して挨拶をしに行くのは、する側としてはかなり億劫なものだ
混んでそうな気がする。忙しそうな気がする。迷惑な気がする。新刊交換しづらい。
長話もしづらい。「あ、お忙しそうですのでこれで」となる。
悲しい。
悲しい。
悲しすぎた。
3・一番必要なのは「メンバー」
結局のところ、壁サークルを維持する為に一番必要なことは、
長く関係を結んだサークルメンバー信頼関係があり理解と危機意識を共有している友人お金含めその場を任せられる誰かの存在、なのだと思う。
一方、ぽっと出で出てきた私にはそういう関係の知り合いがいないのであった。  
異様な孤独を感じた。
孤独というのは面白いもので、ふとした時に出てきて、けっこうコタエる。
(追記)このメンバーというのは「信頼の問題」というより「責任の問題」として考える事柄だと思う。
今回私は売り子さんやお手伝いさんを頼んだが、どれだけ「信頼」していても、「じゃあ責任を負わせられるか」というと、そうとは限らない。責任とはそういう概念なのだ
何かトラブルが起きた時に「だったら俺が全部やっているべきだった」と少しでも思いそうなら、自分がスペースに張り付いて責任を持つべきだと考える。あくまで個人的な立場ではあるが。
4・搬出の難儀さ
前回の夏コミにて予想以上の速さで本が完売し、多くの方が残念そうな顔をなされていたのを気にして、
今回は搬入量を増やした。(結果として壁配置になったわけだ。)
総集編は56P、合同誌は104P。本がぶ厚い。合同誌を三冊まとめた封筒が、既に億劫な体積と重量になる。
この本の厚さが、残部として出た時に暴力になって私に襲い掛かった。 
一人の人間がカートなしにサクサク運べるものではなくなっていたのだ。
分厚い本を頒布するのならば、残部が出ないことを優先事項として搬入部数をきめるべき、と、はっきり認識した。 
単純に、体力の問題として。
部数の読み違いが致命傷を招く危険性、高い。
【変わらなかったこと】
1・多くの人に会える、多くの人に買って貰える、読んで貰える
結局ここのところ、この最大の醍醐味は変わらない。ただ、島にいても変わらないっちゃ変わらない
【よい意味で変わったこと】
1・でかいポスターを刷れた
これはすげえ満足だった。これを一度味わえたのは本当によかった。


・・・ で。
自分にとってコミケの楽しみとは何なのか。コミケに参加する意義とは何なのか。
それが再確認できたという意味で、今回こういう配置を得てこういうものを頒布できたことは大変有意義だった。 

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