ビフィダス牧場

サークルyogurt、ビフィダスの活動報告場です

コラム

先日のコラムで私が自分の年齢を21歳と述べたところ、一部の方にショックを与えてしまった様子なのですが、
実際のところ私はもうちょっと年寄りで、17歳だ。
毎日ラジオ体操や筋トレをしているのは、それをやらないと身体のコンディションを維持出来ないからだ。
様々な余暇や趣味を犠牲にして進んだ本業において挫折し、敗北者としての未来しか見えなくなった。
夜、寝床で暗黒の天井を見上げながら、
このまま何者にもなれず何も生み出せずに死ぬのか、せっかくこの世に生を受けて、このザマか」と絶望的な気分になる、そんな日々を過ごしてきた。
そういう時に、丁度『エンジェル倶楽部』誌の編集さんからスカウトがかかり(コミケに出してた同人誌を目に留めて貰えて)、漫画を描くという人生を得たのだ。 
漫画を雑誌媒体に載せるというのは長年の夢の一つであっただけに、可能な限りしがみついていきたい。
……
さて、絵を描く人について回るトラウマワードの一つが「年齢」です。
「こんな上手い絵を描く人が学生?死のう」とか、そういう思いに囚われる人は多くいることでしょう。 
目指すところが漫画家なりイラストレーターなりという職業であれば、なおさら「年齢」というのは重大事に思える。
ような気がする。
だが、それは本当なのだろうか。それは巨大なマヤカシかもしれない。今回はそういうコラムです。
==
●「この人こんな若いのか!」と知ったとき、我々は一体何に劣等感を感じるのか。
これを振り返ってみることは重要だ。そして、その内実をいざ見てみると、実は大方こういうところなのではないだろうか。
・若いくせに絵が上手い

・若いのに絵に熱中して携わってきて、様々な画風やモチーフを吸収し、技能を磨いているというのが羨ましいしスゴイ
この辺りなのだ。
※「才能」のことは放っておこう。才能という言葉、多義的過ぎる。持って生まれた観察眼。手先の器用さ。視覚情報を指先から出力する際のスムーズさ。好きなものに熱中できる力。努力を成果に還元する際の時間効率。それを許容する生活環境。育成環境に存したモチーフの質。……「才能」には様々なものが含まれすぎているし、その一つ一つの要素を見ていけば、様々な対抗策、代替策、迂回案は提示できるものだ。そして、並外れた才能の持ち主、「天才」には、そもそも勝てないから気にするだけ無駄である。
……振り返ってみると、「若い人」には「絵に熱中できる時間」がある。学生時代なんてのは落書きの時間が山ほどあるからだ。
その熱中から、技術的成果を出して、それを若い段階で世に出せて、名声を得ている。この辺りが、羨ましさの中身なのではないかと思う。
一方、年寄り側が総じて欠いているのは「熱中と時間」だ。熱中したくても生活に追われて思うように時間が取れない。そもそも熱中できない。時間を上手く活用できない。今からじゃ追いつけない気がする
だが、この辺りの問題、つまり「熱中と時間」の問題は、年齢に関わる話じゃあないのだ。この問題は若い人をも等しく悩ませているし、そして、生活サイクルやモチベーションのマネジメントを自覚的にやれば、いい歳の大人でも一定の仕方で確保できるものだ。
(このマネジメントすら出来ないぞバカヤロー、という人は、多分理不尽なまでに不遇の生活状態にあるので、絵とか言ってる場合じゃない。役所とか行くべき。
熱中と時間。これを大人になって確保する。
その場合、やるべきことは……大体こんなところだろう。4つ挙げる。

1・自分が好きなものに取り組む意志を明確化する。
趣味など無意味、愛好などいずれ冷める」とか思っちゃわない。理由。内的動機という内燃機関さえあれば人間は早々モチベーションを失わないから。エヴァでいうS2機関。これがないと、「周囲から好意的反応が得られない、ちくしょー乗り換えだー目立ちてー」とかなって右往左往して作風がグチャグチャになって一発逆転に頼ろうとしてアースクエイクのビッグカラテを食らって爆発四散したり、やる気の電池切れを起こして立ち往生したりする。
内的動機があれば、堂々と一千発のスリケンを投げ続けることが出来る。
絵一枚では何にもならなくても、積み上げられた20の作品は「ポートフォリオ」になり、更に積み上げられた100の作品は「コンテンツ」になる。最近身にしみて分かったことだが、量は質になる

2・生活環境の見直し。
事柄に優先順位をつけ、無駄な時間をなるべく減らして、好きな事に携わる時間を作る。絵筆を執る時間も。疲労を減らす為に身体のケアをしたり(ラジオ体操とか)食生活を見直すとかも重要(濃いラーメン食べないとかエナドリ飲まないとか、昼飯を豆腐にすると午後も眠くならないとか、そういうのね)。あと、作業環境を整備して姿勢とか良くして疲労を減らすとか、家族の理解を取り付けるとかいったことも、とても重要なこと。

3・モチベーション環境の見直し。
絵を描き続けるには適切なモチベーション環境を構築して改善していくことが重要だ。イラストSNSに絵をアップした時に多くの人に見てもらえて喜んでもらえるとモチベが上がったりするでしょう。そういうのだ。例えばネカマになって、オシャンティなカフェの写真と、ひじまんこ(ひじを寄せて皺を作ってそれをクローズアップして写真に撮るとそれらしく見える)の写真とかを上げつつ「練習中ですー」とイラストを上げたら多くの人に見てもらえて応援してもらえる気がする。
あと、そうやって作品を公開していけば、尊敬すべき作家であるとか、競い合える作家仲間とかが自然と生まれてくる。そのつながりの中で、自分のモチベーションを増進できるように環境をまた整えていく。「この人と繋がってると精神が不味い」と思ったら距離を置く、とかも含めて。

4・効率的に成長するメソッドの確保。
モチベーション維持の一環だが、ダラダラ練習するより効率的に練習したいものだ。じゃあ何をするのかというと、絵が上手くなる方法というのは「絵筆を執って、背伸びして、惚れたものをあちこち吸収しまくる」ってことに集約される気がする。これをやるには精神の統一が不可避で、ちょっとでも我執とか自尊心とかがあると、すぐこれが出来なくなる。私はこれが凄まじく苦手で、この我執のせいで多くの時間を不意にしたという自覚がある。でもまだ苦手。理想の絵描きへの道は遠いのう婆さんや。

……こういうことなのだと思う。
こういう事柄は、重ねて言うが年齢とは特に関係ない。若い人でも、これが整わなければ苦労をするし、そうやって挫折して行くのだと思う。そして、その道のベテランのような人であっても、ずっと悩んでいる問題なのだ。だから安心して悩んでいい気がする。問われる事は本人の精神的資質のみだと思う。

●「でも、歳を取ってると実際色々不利なんじゃ?」という疑問に対して。
ケース1:趣味で絵を描いてインターネットお絵かきマンになる場合…
年齢なんぞ誰も気にしない。SNSに年齢を正直に書いてる人、いないじゃん!(本田未央ボイス)
ケース2:お仕事を受ける時には……?
今の時代、ツイッターやピクシブといったSNSで目立つ絵描きさんにはサラッとお仕事の依頼が来るものだ
だから、そういうお仕事なら年齢とかあんま関係ないと思う。
スカウトする側は「その人の作品が価値になる」と思ってスカウトしているのであるから、年齢とかあんま興味あるまい。
只でさえ行く先の不透明なエンターテインメントの世界、「何か新しい作品、何か他と違う作品が欲しくて欲しくて仕方がない」この世界において、生産者の年齢を気にするなんてのはクソデカイ週刊少年誌とかそれくらいの、ほっといても新しい才能が山ほど集まっては散っていくような一握りの世界だろうと思う。
ケース3:商業連載とかは?
私は雑誌を売る側にいたことがないので、あくまで「読み手側」の話しか出来ないが……

前に、知人の作家さんとこういう話をした。
私「雑誌が作家を誌面に載せたいという時、年齢とか関係なくないですかね」
作家さん「いや、あると思いますよ」
私「面白ければ何でもよくないですか?」
作家さん「考えて見ましょう。同程度の作品が二つあって、一方が『20です、元気いっぱいです』って人で、一方が『30です、人生かかってます』って人だったら、貴方が編集だとしたらどっちを取りたいですか?」
私「フゥーム」
作家さん「但し、『一定以上の社会経験がないと生み出せない作品』というのはありますよね」
私「ハイハイ、業界話とか人生話とかそういう」
作家さん「ナニワ金融道とか。そういう作品はとても価値があるでしょう」
……
こういう話を聞いていると、こういう考えが首をもたげてくる。
歳を食っているということは、武器に出来るのではないか?
20歳と30歳で同じ作品を描いていたらそりゃ20歳の方がいいかもしれないが、
つまりは違う作品を描けばいいのだ。違う存在であればいいのだ。それで価値を提示できれば。
折角だから、ちょっと思い当たる節を挙げてみよう。

●年寄りの良い事
・社会経験がある。それに基づいた、ミョーなリアリティのある作品を生み出せる。社会の事柄しかり、自分の事柄しかり。
・社会経験や自身の経験、広い見聞に基づき、中長期的セルフマネンジメントが出来る。
・広い人生経験に基づいて作風を管理したり作風を散らすといった作品マネジメントが出来る。
・細かい思い入れが減る。思い入れがありすぎて作品を逆に生み出せなくなる傾向、というのはよくある。歳を食うと、もはや「絶対に描きたい主人公」とかの思い入れがなくなってくるので、クールに分析してキャラを作る事ができる。
・社会的作法が分かっているので、編集さんとかと仲良く、正しく、仕事が出来る。そういう人付き合いで精神を消耗したり人生に悲観したりすることがない。若い作家さんだと結構あることらしい。
……暫定的に列挙したが、こういうことも、実のところは「年齢に関わる話」じゃあない。若くても、本とか読んだり様々な人生洞察を得て、しみじみした作品を作る人はいる。(先日話題になった、芸人を挫折した28歳のアイドルオタクが再帰する話とか、作者の中島祐さんはwebの記載では23歳だ。)それに、歳をとってもセルフマネジメントが出来ない人というのはいる。やっぱり年齢の問題じゃあない。

●年寄りの問題点
・体力が減る。健康が減る。これは不味い。……でも、若い人でも不味いものは不味い。早逝した作家さんの数を考えてみればわかることだ。
・生活環境が、漫画を描くことを許さなくなる。これはさもありなんという話だなあ。よく、「デビューを志望しながらも作品を作れずにアシスタントを続けている内、作家や周囲の優秀アシに自分より若い人が増えてきて、段々と静かにその世界から足を洗っていくケース」なんて話は耳にする。……しかしこれも、問題は「年齢」じゃなくて「当人の作品製作能力と、年齢をヘンに気にするメンタル」が問題という気がする。
・新しさが無い、絵柄が古くなる。作品を発表しないまま歳を食うと、我執が強くなるので、こういうパターンに陥るのはさもありなんという話だ。……だが、これもつまりは「作家の勉強ぢから、吸収ぢから」の問題だ。ベテランでありながら絵柄を最新のものへと更新し続けて最前線を走る先生は、現にいる。高校生の頃から我執に囚われて「自分の絵を手放したくない」とかやってるうちに鬱屈する子、なんてのも、いる。
・新しい事柄に、興味関心を持てない。これはキツい!キツい。新しいアニメを見ない。ラノベの表紙が全部同じに見える。最新のゲームを追いかける気力がない。『ぼのぼの』に出てくるアライグマのオヤジのようなものだ。全てが同じ景色に見えてしまうのだ。だが……興味関心を持つというのは、自分の心に問いかければ自然と出てくるものだし(私にだって好きな作品はあるし、ボルチオエステサロンとか好きだ)、そもそも「全てに飽きた立場から提示できる価値」みたいなものは、ある気がするのだ。気がするだけだが。
勉強しない。上の問題と連動して、この傾向は不可避のように思える。……だが、勉強しないと死ぬのはどの年齢でも同じだ。若い作家さんが輝いているのは若いのに勉強しているからだ。一方、歳をとっているのに勉強を絶やさずに魅力的な絵を描き続けている人は身近に沢山、沢山いる。輝いている。つまり、輝きの源は勉強ぢからにあるのだ。若さじゃない。

……考えれば考えるほど、年齢の問題は本質的でないように思えてくる。

また、こういう視点もとれる。

●若い人の問題点
若い人ほど、実は更に他人の若さを気にする。これは先日、クッソ若い作家さんとさぎょいぷして知ったこと。考えてみればそうだ。学生の頃って、1つの学年差が絶対的な意味を持ってたもん。わかるわかりティ。そして、ソレを気にしすぎて自分から潰れていく、なんても、ありそうな話だ。一方、社会人になったら10歳20歳の差とか別に気にならん。興味があるのはその人の魅力だけだ。
・若い人には多くの可能性がぶらさがっているだけに辛い。これもよくある。歳を食うと、欲望が捨てられていった結果、やりたいことだけやる、みたいな鋭さを見せるケースもある。
・若いので社会知がなく、結果として人生を見誤ったり、メチャクチャな仕事をあてがわれて憤死したり、クソみたいな担当さんにムチャを言われて情熱を失う、なんてケースも、聞く。悲しい話だ。
・若いうちに専門特化すると、人生のツブシが効かなくなる。ああああ辛い。だが、人生のツブシの問題は年寄りにもあるか。ヒエー!
これ以上こういう暗い話はやめよう。 
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●問われるのは、「今」だけなのかもしれん。
とある作家先生がトゥイットしていたことを覚えている。
「絵と年齢の問題に関しては、実は『今その人が何を描けるのか』だけが問題なんじゃないだろうか」
結局はそこなのだ。
だって、高年齢でも若々しく魅力的な絵を描いてどんどん成長している人が現にいるんだから。
じゃあ、その「今その人が何を描けるのか」の「今」とはいつなのか、と考えると
「最新作」
ではなく
次回作、次に、ちょっと背伸びして新しい事に挑みながら絵を描く時の、そのタイミング」なのだろう。
こう定式化すると、自分に刺さる。こんな文章書くんじゃなかった。
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●マジックナンバー35
マジックナンバー35というのがある。「夢を追いかけていた男が、35歳になると夢を追うことを諦め、その結果として人生が無重力の闇に転げ落ちる」。そういう現象だ。
30代半ばの男性が特殊な犯罪を犯すケース、多いだろう。脅迫とか通り魔とか。あれだ。
だが……案外、そんな悲観したものじゃないのかもしれない。そう信じたい。

 

私は今年21歳になるヤングマンで、確定申告とか役所の事柄を全然知らずに生きてきたのだが、
今回はじめてこれをやってみたというお話です。
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年明けの同人作家が耳にして胸を痛めるワードの一つが確定申告だと思う。
複雑そうだとか、手抜かりがあったら怒られそうとか、その割にはサボってもバレなさそうとか、そういう印象ばかりが先行する。
かく言う私は、これまで同人の売り上げなんてタカが知れていたので確定申告なんて無縁の話だと思っていたのだが、
商業デビューしたり壁サークルになったりで、今年はそうも言ってられなくなったので、知人の作家さんやネットや本の助けを借りつつ、やってみた。
そしたら、すっごくラクだったし楽しかった。

以下の話は、自分が経験したことを自分が理解した限りで語る話になるので、
これが唯一の正解という訳ではないのでしょうが、
今後、確定申告を考える皆様の御一助になればと思います。

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●確定申告とは
細かいことは知らないが、つまりは国に払うべきお金をちゃんと払う手続きということだ。
働いている人が国に税金を納めることで国が豊かになり、そのお金で国が良くなったり困窮した人が助かったりする、それが税金のシステムなので、払えるときには払っておきたいというのが人情だ。
で、サラリマンとかだと税金が会社の方で自動的に差し引かれるので問題ないのだが、
そういった課金処理済みのお給金以外に「一定以上たっぷりした」儲けがあったりすると、国としては「この人からはお金もうちょっと欲しいなあ」と思う、という訳なのだろう。

●なぜ、確定申告を僕らがわざわざやらないといけないのか

イベント収入を含めた個人の儲けを国がいちいち監視するシステムなんて考えるだけでも煩わしい(硬貨や紙幣に発信機でも付けるのだろうか)ので、そこは我々の方で国のお仕事を助けてあげる、ってのがクレバーな社会体制と言える。
儲け云々の数値はこっちで用意して申告する。で、我々は、国にいざ求められた時に「はい、収入と諸経費はこうなってますよ」ってことを証明できるように、書類(領収書とかね)を数年間保管する義務があるという訳なのだな。
問題は「じゃあ国はいつ我々の領収書の束を確認するのか」であるが……当然、爺さん婆さんが行列を作る確定申告の提出会場でいちいち来場者の領収書の束を確認なんぞしたくはない。
僕らは確定申告ではあくまで「計算結果を提示するだけでいい。領収書は確定申告会場には持っていかない。「いざという時の調査に備えて、保管する」だけです。
よく、「コミケの壁とかになったサークルは『この方はたっぷり儲けている、ならば税金をぜひ頂戴したい』と税務署に認識されて、印刷所への入金(そこから発行数と売り上げが想定できる訳だな)とか確定申告とかをチェックされて、申告をサボってたり申告内容が怪しいと数年後に税務署員が自宅にやってくるってことを聞くけど、実際、税収調査のタイミングはそういうところなんだと思う。
ブログ絵1


●確定申告の前にやっておきたいこと~領収書集めと家計簿づくり~
さて、確定申告に必要なのは
どれだけ稼いだか」と「それを稼ぐのにどれだけの経費を使ったか」の情報だ。
従って、お金を使ったことを証明する文書やレシート、領収書は取っておきたい。
1月1日から12月31日までの収入と経費が分かればいい。
・「何月何日に、何を買ったか」がはっきりわかればいい。
・正式な領収書でもレシートでもいいし、その際には印字が消えた時に困らないように「文房具代」みたいに書き付けておくといいみたい。
・イベント費用などに関しては「入金確認メールのプリントアウト」とかも証明能力がある、と思う。

●家計簿を作ろう
大体2月になると、作家は一年分貯めた領収書の束や預金通帳をめくりながら、自分の収入と経費を家計簿にちまちま書いていく。ネット上にソフトは沢山ある。今回使ったのはうきうき家計簿
レシートの年月日とその内容と金額をポコポコ入れていく。とっても楽しい。
家計簿

●経費の項目はこんな風に分けよう(申告の時にクッソ便利)

・水道光熱費…同人作家でデジタル作画の場合、電気代だけチェックすればOK。水道やガスは無関係。(確定申告の際は、この電気代の70%くらいが申告材料になる。「事業に使う電気の割合はこんくらいだよね」と判断されてるそうだ。ファジー。)
・旅費交通費…イベント参加とかで使った電車代、タクシー代、宿泊費全部。漫画家の場合、「旅行は漫画のための取材」と考えると旅費全部入れてもいい気がするんだな。
・通信費…ネット代とか携帯代とか。(これも、確定申告の際は70%だとか50%だとかの数値にして申告する。全部が全部、事業のために使っている訳ではないからだ。ファジー。)
・接待交際費…複数人で外食した費用とかのレシートがあれば。個人の飲食費はNGらしい。
・消耗品費…パソコン用品だとか文具だとか。重要だよね。
【資料代】…まんが、DVD、ゲーム、映画鑑賞、フィギュア、おもちゃ代などが、作画資料として全部ここに入る。(ソシャゲの課金ってここに入るのかな?あ、これ興味深い!教えて!
【印刷費等】…ウスイホンの印刷費とイベント参加費はここに。これが同人作家の経費の最大ウェイトになる
・雑費…振り込みとかの各種手数料は全部ここに。預金通帳の「手数料」欄の意義をここで知った。
(追記)・地代家賃…つまり家賃。これがある人は是非計上したい。(これも確定申告の際は使用実態に合わせて70%とか20%とかファジーな数値にする。税収調査の際に「この適正数値は○%なんじゃないですか」とか指摘されたりするそうな。)
●収入の項目は
・「雑収入」なり「事業収入」なり「その他収入」なりといった項目で、同人の売り上げ、書店委託振込み金、エンジェル倶楽部さんの原稿料を全部入れた。銀行入金日を日付としている。

…項目分けをこのようにしておくと、これが確定申告の資料に丸々使える。very便利。
各項目の「年間総計」がわかるように一覧をプリントアウトし、税務署に持っていこう。

…ここまで、前座です。
ここから、税務署での、確定申告の作業です。
ブログ絵2

●確定申告作成所でいきなり言われたこと。
税務署職員さん「……雑収入、多いね」
私「ハイ」
職員「これ、事業にしよう。申告書Bにしよう。(申告書Aは給与+雑収入、申告書Bは給与+事業収入みたいになってる)
  雑収入ってのはアルバイトみたいなものを言うから。」
私「はあ。AとBで何か違いがあるのですか」
職員「事業にすると~~~~(説明を受けたが忘れた)」
私「アッハイ」
職員「じゃああっちのコーナーの税理士さんのところに行って下さい」
私「ハイ」

いくつか。

●確定申告の書類で「業種名」を書くのが恥ずかしいです。「漫画家」とか書くんですか?
→「文筆業」とか「フリー出版業」とかでいいです。
●「屋号を書け」という欄があるんですが、ペンネーム書くんですか?
「書かないでいいよ」と言われた。
●同人作家ってこと、バレませんか?
目の前の税務署職員さんや税理士さんには全然バレない
●「エンジェル出版」って文字が見えるのちょっと恥ずかしいかも。
気にもとめられてない

●確定申告で一番じゅうような書類とは
確定申告の資料は全部、国税庁のHPからPDFで落とせる。
https://www.nta.go.jp/tetsuzuki/shinkoku/shotoku/yoshiki01/shinkokusho/02.htm
プリントアウトして使える。でも現地でも係員さんとの会話の中で用意してもらえる。
さて、これだけズラッとあって、じゃあ作家として「どれが一番じゅうような書類なのか」というのは気になるところですが……
 【収支内訳書(一般用)】
これです。 
 確定申告内訳書1
今回の僕の税務署での手続きも、ほぼこれを書くことだけで済みました。
なんか複雑に見える。こわい。おそろしげだ。
だが、実際に書く場所は、実はこれだけです。(正確な内容かどうかわからないので間違いがあったらご指摘下さいませ。)
それも9割が「プリントアウトして持ってきた家計簿の書き写し」です。らくだ。
確定申告内訳書内容

一番左上「売上金額」には、同人・まんが事業の売り上げの総計をポンと入れる。 その3つ下の欄は総計なので、同じ金額を書き写す。
一番下、「水道光熱費」は、家計簿につけた電気代の年間総計に、70%とかの数字を掛けて書き込む。
右に移って、
「旅費交通費」は書き写す。
「通信費」は…
今回、通信費を一切計上せずに(忘れてた)税務署に行き、申告そうだんコーナーの税理士さんに見せたところ、フランクにこう言われた。
通信費は?ネットや携帯でいくら使ってる?
「あ、しまった忘れてました、領収書も今持ってないです」
だいたいでいいよ、月一万五千円とか?
「え、えーと、どれくらいなんですか?一万円とか?」
それは安すぎるなあ
「じゃあ一万五千円で」
何割くらい事業の為に使ってる?7割とか?
「え、ど、どういうことですか?」
事業の為にどれくらいの割合で使ってるのかの目安だよ
「えーと、わかりません」
……(沈黙)
「じゃあ7割で」
はいはい、じゃあ一万五千円を12ヶ月分で掛けて0.7掛けて、126000円を「通信費」のところに書いて
「アッハイ」
このようなやり取りをした。床屋の会話のような受動性だが、つまり、申告とはそういうものなのだ
次いで、「接待交際費」、「消耗品」も書く。
「福利厚生費」の下の空欄に、
「資料代」
「印刷費」
という欄を手書きで書き入れ、そこに費用も書き入れた。
「雑費」に関しては…
税理士さん「この雑費って何?」
私「銀行振り込みの手数料です」
税理士さん「なるほど」
これで済んだ。 
最後に、経費の小計を計算する。
そして、収入総額から経費を引いた「所得金額」を書く。
……この数字を見ると、「あっ結構減った」とか思うものだが、実際はここで差し引かれている諸経費は「損」どころか人生を豊かにするために使われてきたものだ、というのは心に留めておきたい。

その後、税理士さんが言った。
今年は白色申告で申請するけど、次は青色申告にしましょう
「はあ」
青色申告の講習会があるから。申請書書いておきます。
「青色にするとなにか違いがあるんですか?」
事業届を出すのと、会計ソフト(やよいとか)が要るけど、控除が65万円になるよ
「へえ(よくわからん)」
(こまけーことは知らないが、今じゃ白色申告と青色申告で手間がそんな変わらないらしい。ただ、ある作家さんに聞いた話だと、年収二千万を超えると青色申告の手間がすっごく厳しくなるらしい。
そうして、私は「内訳書」を持って「確定申告書類用意コーナー」に回された。

●あとはオートメーション
さて、そこから、税務署員さんの手引きで次々と書類に数字を記載していく(時間かからない)。
必要なもの
・本業の源泉徴収票。僕は本業があるのだ。
・エンジェル出版さんからの源泉徴収票。一年分の入金と源泉徴収が書かれている。年始に送られてきたのだ。
・生命保険に入っていたのでそれ関係の封筒丸々渡したら職員さんが勝手に切り張りしてくれた。
(地震保険とかに加入してるかも聞かれた。加入者は必要になるのだろう。
 あと、「10万円以上の機材の購入はありますか?」とも聞かれたので、これも何かあるのだろう。減価償却費に関係して、10万円までの金額を控除、みたいなのがあるそうな。私は無かった。)
それを、職員さんがホッチキスでバチバチと台紙につなぎとめていく。
そしたら、おとなりのEtaxコーナー(備え付けのパソコンであれこれ数字を打ち込む)に誘導され、職員さんの案内に従って数字をペコペコ写していく。

そしたら、課税額が計算された。画面にウン万円という数字が書かれている。
職員さんが「今度振り込むか引き落としにして下さい」と言う。
これが、僕が今の力で国に課金できる正当な金額なのか……と、ちょっとしみじみした。
その後、プリントアウトコーナーに回されて、むにゃむにゃとプリントアウトされた書類を、緑色のポストみたいな提出箱にポイッと入れた。 


こうして、僕の確定申告初体験は終わったのであった。 

ものすごくカンタンだった
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●税金を払うということ。
人生に虚無を感じるタイミングというのは時たまある。
社会の役に立ちたい、社会の皆に認められたい。
でもその手ごたえが得られない。周囲がうらやましい。
そういうメンタルの時、人はしばしばムチャクチャな金遣いをする。
バカみたいに酒や料理を注文して店の人にいい顔をする。
旅行へ行って金を使いまくる。
誰かに貢ぐ。
アイドルのCDをムチャクチャに買えばアイドルは喜んでくれるし、「自分の金が経済を回した、社会を回した」という実感が得られる。
課金というのは、そういう意味で何か「スカッとする」ものがあるのだ。
今回、私は国に正当な課金をして、かなりスカッとした。悪い気持ちじゃあなかった。

●年金
今の税金とか年金とかのシステムは、「低所得者にとっては物凄くありがたい」ように出来ている。年配、若者問わず。控除がけっこうすごいのだ。
問題は、それを知らないでいると、結局その恩恵にあずかることができなくなるということだ。例えば年金とか。つまらない手間を惜しんだせいですさまじい金を年金にむしられた、なんてことを時たま耳にする。
知らないと損、なのだ。
そして、国というのは、「知」を授ける点に関しては恐ろしく受動的だ。求めなければ授けてくれない。
……
知を求めていく姿勢というのは、実は最大のセーフティーネットなのかもしれない。そう思う。
 

雑誌の編集さんとのやり取りの中で感動したことがあったので、それについて記したコラムです。

私が作品を掲載させていただいている『エンジェル倶楽部』誌さんには
アンケートというハイテック・システムがあり、
巻末についてるアンケートに感想を記入しハガキに貼り付けて街角のポストに投函すると
その意見が編集部に届いて雑誌運営の判断に加味されたり、ご感想が作家に届いたりする。 
作家という、暗闇の海を手探りで泳いで生きていかねばならない運命を背負った人々にとって、このアンケートは心から嬉しい栄養補給となり、また明日への羅針盤となる。
(雑誌によっては、このシステムがないんだそうだ!ある作家さんに「それ困りませんか?」と伺ったら「困る」と仰っていた。そりゃ困るよ。)
今回、このアンケートにまつわる、心底感心する経験をした。
==
この度、エンクラ3月号(1月末発売だから今まだ書店にある)に「公衆便所の花澤さん」という作品を掲載させて頂いた。
トイレの花澤1
↑こういう作品。エッチだよ。詳細はリンクでどうぞ→http://yogurtbifidus.blog.jp/archives/53106505.html
電子書籍版もあるhttp://book.dmm.co.jp/detail/b450eagcl00855/
 先刻、そのアンケートの中間集計結果を編集さんより頂戴した。
(アンケートは中間集計と最終集計がある。なぜ集計タイミングが二つあるのかは知らないが、私の推測では、中間集計のタイミングと『その月末に出す本の校了時期』が重なっているので、中間集計の良し悪しが次号予告でのプッシュ度合とかに作用するんじゃないかと思っている。思っているだけ。中間と最終とで順位はわりと変動する。)
そして、その結果がかなりとても良かった。読者の皆様にご支持頂けたことが心から嬉しく、また感謝しております。励みになります。(多くの方々は僕のことを「なんかヘンなギャグを描いてるお絵かきマン」と思っていらっしゃると思うが、スケベマンガの方でもちゃんとやっているのじゃぞい。)

その時、私の編集さんが電話口でこういう言い方をされていた。

「着々とファンを掴んでいるので、よい傾向です」
「掲載ごとに実力がついているので、よい傾向です」 

……この言い方が何を意味するのか、編集さんとの会話の最中は殆ど理解しなかったが、
電話を切った後に暫く考えていて、恐ろしいことに気が付いた。

編集さんは「人気ですね」という言い方を避けている
仮にそういう表現を口にしたとしても、話の力点はその都度「雑誌購読者の方の中にファンが増えているということ」「私の実力が向上していること」に置き直されている。

……わかりますか?

人気順位は、変動する。毎号ごとにフラフラ上下するし、上がれば下がる。
一位にでもなってしまえば、その後は「維持するか下がるか」しか「ない」。
センシティブな人であればそれで一喜一憂してしまう。漫画掲載という先の不透明な世界で、行く末に悲観的になったり、オタオタと方向転換を焦ったりしてしまう。
そもそも、「トップをとる」とかいった喜び自体が、麻薬と同じ「感情の前借り」 みたいな作用を持っている。喜びがでかいほど、反動として「次も維持できるのか?」というネットリとした不安が来るのである。そして次にトップをとっても同じ喜びは味わえないと来た。いよいよ麻薬めいている。
編集さんはそのことの無意味さを分かっているのだ。
というか、そのときの一喜一憂の乱高下が持つ悪影響を
だが、「獲得したファンの方々」は、そう乱高下しない。
ましてや「積み重ねた実力」は、決して下がらない。積み重なるのだから、どんどん増えていく。
編集さんは、そういう「乱高下しない指標」を、作家に与えて、そういう仕方で作家を励まし、元気付けているのだ。

……このことに気づいて私は卒倒しかけた。 

こういう、配慮に満ちた振る舞い、どうやって獲得するのだろう?どこから?
思うに、編集者という職業につくと、ほどなく「日本まんが編集者協会」みたいなとこから連絡が来て、どこかの広間に呼び出されて編集グランドマスターとかにレクチャーを受けるのだ。「人気は乱高下するから作家を人気で褒めるべからず、実力の有無とファンの有無で褒めるべし」「アッハイ」みたいに。
 
いつか暇が出来たら、編集部に取材に行きたい。そう思った。 
==
作品を世に問うことを生業にする、とは、
「自分の内面を世間に曝け出し、評価を仰いで生きる」という営為だ。 
つまり「人のことをそんなに気にしていちゃいけない、けど、ある程度は気にしなきゃいけない」という、どうにもスピリチュアルな営みなのである。
精神はふあんていになる。  
そして、商業をやってみて分かったのだが、漫画に、というか、「定期的に作品を提示しつつ自分のモチベーションを管理して生きていくこと」に、決まった方法論はない。
作家さんはその都度自分なりのやり方で「よさそうな手」を探り出し、同業の仲間たちと研究したり研鑽したりしながら、必死に泳いでいるのだ。(考えてみるとこれは大半の職業において、というか人生の大半の局面においてそうなのだが。ヴァレラとかマトゥラーナの生命システム論に「パイロットの比喩」ってあったろう。飛行機の操縦士は箱の中で必死こいてレバーとかを調整しているだけで、自分が上手くやってるのか否かは自分では全然わからない、という。あれだ。) 
作家のセルフコントロール、中長期的セルフコントロールというのは、「漫画を上手く描くこと」以上に重要なことなんじゃねーか、と、時々思う。まあまんが専門学校とかでは漫画描きながらこのセルフコントロールも暗黙裡に学ぶことになるのだろうけど。行ったことないから推測です。

こんにちは。
さて、合同誌(アンソロと言うほうがなじみかもしれませんが)を主催した経験を基にした備忘録、最後の第三弾となります。
今回は、告知作業、宣伝作業、サンプル作成等についてです。
合同誌はコチラ!→ソリコレ~艦娘剃毛合同~のお知らせ C89

【宣伝という行為】

合同誌は、企画立案~寄稿者募集~頒布(~委託販売)の全ての段階において
適切な告知をせねばならない。
宣伝をするというのは、発表した自作品に対して一定の責任を持つことであり、
つまりは自分の作家性に対して責任を持つということであり、
さらには寄稿して下さった方々に対して一定の責任を持つことであり、
そして作品を購読して下さった読者の皆様に対して一定の責任を持つことを意味する。
個人作品の場合でも事情は大体同じではあるのだが、合同誌は「寄稿者への責任を背負う」点でちょっと意味が異なってくる。ここは腹をくくって堂々と、粛々と、やるのがいいと思う。
宣伝を敢えて控える場合も、宣伝効果を狙っての行動であるべきだ。あくまでベクトルは「宣伝する方向」に向いている。

【合同誌製作フローチャート】

そもそも、合同誌企画というのは広報行為・宣伝行為と切っても切り離せないものなので、
折角の機会で企画立案からのフローチャートを用意してみた。
さて、皆様がイメージされる合同誌企画の進行はこのようなものではないでしょうか。
フロー1
……何かそれらしいように見える。
だが、作業の具体的なあり方を想定してみると、最初の時点で凄まじい欠陥があることに、気づかれる。
「執筆者を募集」「寄稿者が集まってくれる」の箇所。ここだ。
これ、本当だろうか。
「人が集まらない」というビジョンは易々と目に浮かぶし、「来て欲しい人が集まらない」だとか「特に面識のない人から寄稿の申し出をされる」場合もある。
実際のところは、合同誌企画の大半は、告知に至る前にこんな過程を経ている。
フロー2
構想した時点で、「知人の作家さんに裏で声をかけて打診してみる」ということを、やるのだ。
それで、望みの作家さんが集まれば、そのまま執筆に入っていく。
また、「この企画は大きくできる気がする!もっと分厚い本にしたい!」などと主催側が意志したならば、
「現状こういう執筆者がいます」と告知しながら好きな作家さんに内々に打診したり、公に募っていく。
(……ちなみに、合同誌企画は「大きくすればいい」というものでは決してなく、むしろ大きいほど様々なリスクを伴う、ということは念頭に置くべきことだ。
主催する側として、自分の目的をしっかり見定めておかねばならない。
今回私は「大好きな作家さんと同じ本に載る(結果的に本は大きくなる)」ことを目的の一つとして設定したので、それに関連するリスクも引き受けた形になる。この目的設定とリスクを踏まえておかないと、後々不幸を招く。
あと、今回の「剃毛合同」の場合、好きな作家さんであっても「この方、剃毛を描かれるのであろうか……」と遠慮して声をかけるのを控えてしまう事態も何度も発生した。)

話を戻すに、上のフローチャートを見ると、告知や宣伝のタイミングが幾つかあることが分かる。
1・執筆者募集
……これは、上述のように「企画が成立しそうで、更に膨らませたい」場合にのみ必要性が生じる告知行動。
内々で済ませたい時ならば不要だし、企画が成立するか分からない段階で募集をかけてしまうのは失策
2・イベント前の宣伝
3・イベント後の宣伝
この二つは以下に述べていく。

(追記)☆「そもそも知人の作家さんがいない!」という時


同人活動というのは同好の士の繋がりで出来ているものなので(これは同人に限らず、作品を公開している人全般に当てはまることだと思うのだが)
作品を作る側にいるならば、憧れる作家互いに尊敬できる作家問題意識を共有する親しい作家人格的に信頼の置ける作家という繋がりは自然と出来てくるものである。
そもそも、こういう繋がりから、合同誌企画というものも自然と思い立つことになるのだろう。
人との繋がりというものをまず考える。そして、繋がろうとするなら、自分に何が出来るかを考える。こういうところから物事は始まっていくのだと思う。(あ、考えたら広報ってそもそも「人との繋がりを作ること」だった。)
……そういう意味では、私はあまり合同誌企画に向いている人間ではないのだ。「他の作家さんに積極的に繋がりに行くことが苦手」だから。だがこういう、繋がりを作ることへの苦手意識は、作家としての自分の成長を決定的なところで阻害して閉じ込めてしまうと近頃気づいたので、改めていきたいと思う。島村卯月、頑張ります!

【イベント前告知】

イベント前の告知は責任を持って入念にやる。ツイッター、ピクシブ、HP、ブログなど、可能な媒体を連動させて行いたい。
あくまで私の考えでは、
「頒布イベントの二週間前」「通販予約開始時」にガッチリ宣伝し、
「イベント直近」に、これまでと違うスクリーンショットを使った毛色の違う告知を行って宣伝に目新しさを与える
といったやり方が良いように思われる。
イベント直近というのは、新刊情報が過密化して以前チェックしていた筈のものも忘れ去られ易いので、新規に宣伝するのは良いことだと思われる。

☆サンプルページの選定基準
さて、宣伝や通販委託では、宣伝担当者は本誌よりスクリーンショットないしサンプルページを選定しなければならない。
サンプルページを作る場合、皆様は本誌からどこを抜き出しますか?(とりあえず成年向けとして)
1・冒頭、導入部分
2・サンプルでオチを見せてはいけないので、オチに向けて物語が盛り上がっていく部分
3・オチ含めて作中で一番エロくてそそる箇所

……色々な戦略があるとは思うので一概には言えないことなのだが、
私は当初は「」だと思っていた。
だが、冬コミを終えた今の時点では、私は決然として「」を選ぶ。オチだろうが構わず3を選ぶ。
また、長い話かつ冒頭が面白い話の場合(冒頭が面白くない作品ってのもタイガイだが)、冒頭をたっぷり数ページ、もしくは十数ページ、ピクシブ等で先行公開してしまうという宣伝の仕方もある。続きが読みたくなる「そそる」話ならば宣伝になる。度胸あるよね。でも、多い。
また、「最初から一部のページをサンプルページにするように見越して漫画を構想する」という人もいる様子だ。
「全身これサンプル」みたいな、どのページを切り出しても魅力にあふれている作家さんもいる。これはもう怪物作家なので参考にならない。
こういうこと、私は全然分かってなかった。が、今わかったので、今後は努力する。

☆表紙はどうしよう
表紙の出来というのが本の魅力を決定するといっても過言ではないので、
表紙に関しては困った。絵を作ってしまっていたので、ロゴでどうにかするという方策で色んな作家先生のご助言を受けながら手を加えた。
表紙デザインに関しては、表紙製作を受け持つ人は覚悟して勉強しまくるのがいいと思う。
勉強法とは…
売れ筋の漫画や同人誌の表紙を見て見て見て模写して模写して模写して分析して分析して分析して取り入れて取り入れて取り入れて試作して試作して試作して試行錯誤して試行錯誤して試行錯誤して信頼の置ける作家さんやデザイナーさんの判断を仰いで仰いで仰ぐ。
やろう。
あと、表紙を主催者が担当せねばならない理由はないので、参加者の誰かに前もって依頼してしまうのも手なのだろう。ですよね。今回は私の引き受け性が出て、私で描いてしまった。

【イベント後告知】

頒布イベントが終わっても、当然告知は継続する。
何度も言うが、宣伝というのは自分への責任行為であり、のみならず寄稿者への、更には本を買って下さった全ての方への責任行為でもあるので、物怖じせずにやる。謙遜して遠慮するのはこのような方々全員への背信行為になると思ってもいいと思う。
先ず、合同誌の主催者は合同誌の読者でもあるので、寄稿された作品全てに対して感想を述べて拡散するくらいのことはする。当然する。 感想というのは寄稿者への最大の返礼であるからだ。
折角なのでその時のログをまとめておいた→「ソリコレ~艦娘剃毛合同セルフ感想メント行為」まとめ
今後もし私が合同誌に寄稿する側になった場合は、一寄稿者の立場からでも多分このように感想を送ると思う。一寄稿者もまた合同誌の読者だからだ。 
そして、本を読みながら、また色々な方のご感想を集めながら、本に新たな魅力や切り口が与えられたと気づいたら、それもまた広めていく。
(例えば「剃毛合同」なのだが、ここでの私の作品は堂々たる霧島まんがであり榛名霧島である。サンプルはここ
金剛型姉妹クラスタの方には是非お手にとって頂きたいのである。あと、いつもの日向が出てくるので、伊勢日向まんががお好きの方にも是非お手にとって頂きたいのである。) 
twitterをこまめに検索し、本を喜んでくださった御反応があれば、それも感謝しつつ物怖じせず拡散する。
「その本を楽しんでいる人がいる」というのは、その本を手に取る上での最高の力になるからだ

このような仕方で、適宜宣伝を行いつつ、行き渡るべき人に本が行き渡るようにこまめに配慮する。
これが、主催側として引き受けるべき事柄だと思う。

……

以上、合同誌の主催として経験したことや反省点を長々と書いてまいりました。 
今後、合同誌の企画を考えている方や合同誌への寄稿を考えている方の参考になれば幸いです。
また、何かご意見等ございますれば、是非お寄せ下さい。
拙文、失礼しました。 

こんにちは。
合同誌(アンソロと言うほうがなじみかもしれませんが)を主催した経験を基にした備忘録、その2です。
今回は、原稿募集と編集作業の具体的な作業内容についてです。
前回の合同誌コラムはこちら→【とくべつコラム】合同誌を作る その1~企画編~
合同誌はコチラ!→ソリコレ~艦娘剃毛合同~のお知らせ C89

【合同誌の原稿募集の際に必要な提示情報】

何よりも、「執筆者が安心して原稿作成に取りかかれるように、具体的なことは極力丁寧に提示しておく」という姿勢が重要だ。
そして、大体次のことを提示すれば安全だと思う。
・テーマ
当然、提示すべき。ジャンル・キャラ・エピソード、指定条件がある筈なので。剃毛とか、エロとかギャグとか。
・目指す頒布イベント
次のコミケ、とか。
・締切
自分自身の原稿との兼ね合いや、編集の労苦を考えると、印刷所への提出期限の2~4週間前くらい、かなり余裕を持って設定したほうが絶対にいいと思う。締切が前倒しになると、参加者としても原稿を作成し易いように思うんだが、どうだろう。
・サイズ、規格
一般的な同人誌サイズ(B5)の白黒原稿だと、B5、右綴じ、モノクロかグレースケールで解像度600dpi、というのがよくある規格だと思われる。近頃はコミックスタジオ・クリップスタジオの使用者が多いおかげで、基準線の位置などが大体テンプレ化しているのでそのまま使えてありがたい。
カラー原稿となると、解像度350dpiが一般的な様子だ。
・一人あたり何ページ単位で担当して欲しいか
1Pイラストから参加可能という場合もあれば、最低2Pだとか最低8Pだとか、色々あると思われる。
・ページは右始まりか左始まりか
スクショ4
本に作品を寄稿する側としては、自分の作品が左ページから始まるのか右ページから始まるのかというのは重大関心事になる
1P分のイラストの場合でも、後述するように「自分の絵は本の右か左か」「どっちが断ち切り側でどっちがノドなのか」が分かっているかいないかで作り方が変わってくるし、「未定」の場合は「どっちになってもいい」ようにイラストを作らなければならない訳だ。
ちなみに、一般的な漫画雑誌では基本が左ページ始まりだが、今回の剃毛合同では右ページ始まりとした。
2Pで参加される方が多かったので、見開き単位で作品を表現して頂きたかったのだ。
参加者一人当たりの担当ページが多い場合は、左ページ開始が一般的になると思われる。
・性表現に関する指示
本が全年齢向けか成年向けかというのは重要なこと。
また、一定の性的表現(猟奇だとか、児童系だとか)を禁じるなど、レギュレーションを作っておくべきケースもある。
・返礼
やはり最初に提示しておくべき事柄だと思う。献本だけなのか、原稿料が生じるのか、とか。
・予定参加者
これを知らされるとプレッシャーが生まれて、いいよね。
・予定している印刷所
これを提示するケースをよく見かけるけど、何だろうこれ。印刷所によって色の出方が違うから知らせておきたい、ってことなのかな。
(追記!)
これに関してはyashaさんより次のようなご指摘を頂戴しました。感謝です!
印刷所の提示は、各印刷所によって原稿サイズが異なる場合があったり
(入稿サイズがB5+断ち切りのみでOKである場合もあれば、B5原稿でもA4サイズ入稿が必要な場合がある)
原稿のテンプレートが各印刷所のHPにあったりするので、原稿作成の基準として重要な情報になる

とのことです。
僕の場合は全部A4に再編集してチェックし入稿していたので問題なかったかもしれませんが、
「貰った原稿に手を加えずに配置して入稿する」ような主催形態だと、寄稿者での規格統一が必須になるでしょう。(実際は手を加えないことなどないとは思うのだが。)この旨も、主催側は寄稿者に予め伝えるべきかもしれない。

【原稿を作る際は】

一般的に、B5の本の原稿を作る際は、一回り大きいA4の用紙を用意して、描く。
サンプル02
時々、B5サイズの原稿募集に対してB5きっかりサイズの原稿を提出するケースがあるみたいだが、
実害云々抜きにして主催側が「あっこの人、原稿作成経験値がねえ」と一気に不安になるので、よろしくない気がする。

☆白黒?グレースケール?

原稿を白黒で描くか、グレースケールで描くかというのは、作家の作風で変わるし、原稿作成に不慣れな方は結構悩むことな気がする。
幾つか良し悪しがある様子だ。
・白黒原稿…クッキリして漫画的になる。基本のトーン線数は60ないし70の人を多く見かける。
原稿を拡大しながら作業すると、線がカクカクしていて「なんかキレイじゃねえな」と不安になるかもしれないが、印刷するとちゃんと繊細に出る。
・グレースケール原稿…濃淡の微細な表現が効くので、イラスト原稿の人はこっちを選ぶ印象が強い。
ただ、印刷所によってはグレーがすごく濃く出てしまったりすることがあるらしいので、そのリスクは念頭に置いておくべきなのかも。

【原稿チェック】

原稿チェックには数段階がある。
ここで、本の完成度を高める為に編集側は手を尽くさなければならない。
明らかな不備のあるページがあると、それが本全体の価値を下げてしまうのだ。
編集側で、出来ることは全部やる。少なくとも私はそういう心構えで臨んだ。その結果、以下のような作業過程が生じた。

チェックその1・仕様チェック

原稿が適切な仕様であるかを、ページに組み込みながら判定していく。
時たま、原稿サイズが違っていたり解像度が350dpiになっていたりするケースがあるので、そういう際は差し返して修正を要求する。
また、原稿に明らかな誤植、汚れなどが確認できた場合も、執筆者に問い合わせる。
そして、一番難儀したのが、これだ。
以下の編集作業は実際僕がやった事柄だ。
例えばこういう「右ページ配置の」原稿が来たとする。
サンプル1o
「まんがになりたい子」という漫画を今書き下ろした。
何かすごくまずい気がするの、わかりますか。
わかりやすくするために、基本線を表示してみましょう。
サンプル1
青色が基本線です。この原稿をそのまま本にしてしまうと、どうなるか。
クリスタの製本3Dイメージビューアで見てみます。
スクショ1

左端のセリフが読めない!左端の女の子の顔や手が見えづらい!
これだと、本の質を下げてしまう「こんな読みづらい原稿を放置するような奴が編集している本なのか」と判断されるからだ
さて、本には「綴じている側」というものがあって、そちらに食い込んだ領域に、絵、文字、書き文字、漫符があると、読みづらくなる。この領域をノドと言う。
ノドを、さっきの原稿で表示してみるとこうなる。
サンプル12
緑の領域:断ち切られる場所。赤い領域:ノド。
したがって、編集する立場として私は、原稿をこんな感じで可能な限り切り張りして、絵や文字を動かしていった。
サンプル2
……ノドの部分に絵や文字が入っていないでしょう。
これ、どこを変えたかわかりますか。
サンプル22
かなり細かく手を加えている。2コマ目は、文字を詰める為に文字全体を上にずらし、行を一つ詰め、それにあわせて噴出しの形も変えた。
3コマ目も、左の女の子をズラすために、連動して下の女の子もズラし、そうすると真ん中の噴出しの文字と衝突してしまうので、噴出しの大きさも文字の位置もいじっている。
こうすると、本にした時に、こう見える。
スクショ2
読みやすくなった。
修正がこっちの力ではどうしようもなく及ばない場合、執筆者に差し戻して、スクリーンショットに赤線などで指示し、修正を要求することになる。(こういうケースも勿論あった。)
……
こういう、編集側の修正の手間を省くためにも、寄稿者側は、原稿作成時にこんな感じのことを意識しておくと良い気がする。
サンプル3
スクショ3
本にしても読みやすい!ヤッタネ!
……ちなみに、上のような修正を私は剃毛合同で実際に数件、行った。
このことをある作家先生に言ったところ、苦笑いされてしまった。つまり、「親切すぎる」という奴なのだった。
だが、本のクオリティを高める為にはやるべきことだと私は判断した。編集作業というのは大変なのだ。

チェックその2・トーンチェック

寄稿者の原稿を集めてチェックしながら、原稿のトーン部分を確認する。
このチェックは厄介で、漫画作成・印刷の経験の浅い方の原稿を受け取る場合、しばしばこういうことが起きる。
下記はその一例。
スクショ5
原稿を拡大してトーン部分を見てみたら、こういうトーン処理がされていたとする。
つまり、「トーンがグレー」なのである。
これが不味い。
印刷すると汚くなってしまう(「モワレ」が出てしまう)のだ。そのような作品が、本全体のクオリティを下げてしまう。
どういうソフトでどういう描き方をすればこういう状況を招いてしまうのか私は正直わからない。
こういう場合は原稿を即座に差し戻して修正を請う形になる。編集側では対処できないからだ
寄稿をしたいという方は、ここは本当に本当に注意せねばならない。というか、知っていなければならない
影サンプル完成

1がダメな例。
2はオーソドックスなトーン白黒原稿。適正。
3はグレースケールで塗ってトーン化する白黒原稿。適正。かなり多いと思う。
4はグレースケール原稿。これも上述したようにリスクはあるけれど適正。
2、3、4の形になるように、原稿を作ることを心がけたい。
……なお、このチェックは、モニター上では難しいが、プリントアウトすれば問題を容易に発見出来る。本来ならば全ページをプリントアウトしてチェックしたいところだ。
但し、頂いた原稿をいちいちプリントアウトしてチェックするというのは凄まじい手間なのだ
この手間を編集者に負わせない為にも、寄稿者側が徹底的に意識するべき事柄だと私は思う。

チェックその3・局部修正

これも、参加するイベントの基準に合わせて入念に行う。
印刷所によっては(今回は「ねこのしっぽ」社さんにお願いした)、入稿後に印刷所で再チェックして修正を入れてくれる場合もあるが、印刷所側のチェックに期待して甘えるのは良いことではない。
そもそも全ての印刷所でチェックしてくれるならイベント当日での停止処分なんて一件も起こるはずがないのだ。
責任を持って頒布できるように、頑張らないといけない。

☆原稿締切を早めなければいけない理由

合同誌の原稿締切を、印刷所への入稿よりもずっと早めなければいけない理由というのは、
まさにこの「編集・チェックからの差し戻し」に時間がかかることにある。
主催者も寄稿者も会社員である場合、 「編集側がチェックして寄稿者へ連絡」「それを受け取って寄稿者側が修正し再提出」「編集側が原稿を受け取り、再チェック」(修正が足りていない場合、これを繰り返す
このやりとりにいちいち莫大なタイムラグが発生するのである。
これが締切直前だと、主催者も寄稿者も「もうムリだ、このままでいいや」とならざるを得ない。
不満足な原稿を入稿し製本し頒布するのは、関係する人間に様々な感情を与えることになる

主催者読者に負い目を持つ。
主催者寄稿者に怒りを持つ。
寄稿者主催者に負い目を持つ。
主催者寄稿者も、他の寄稿者に負い目を持つ。
 

……この責任、早々負い切れるものではない。下手をすれば人間関係の傷になることさえある。
だから、寄稿者側スケジュール管理原稿品質管理を可能な限り徹底すべきであり、
主催者側も、寄稿者側にスケジュール管理原稿品質管理適宜指示して行くことが求められるのである。締切一ヶ月前や一週間前などに、主催者は寄稿者に「原稿はいかがですか」とメッセージを飛ばしていくことになる。
共同作業というものが持つ意味」というのは常に考えないといけない、と、しみじみ思う。責任を持たなければ楽しいものにはならないって奴なのだ。

(追記)
☆それでもその人を誘いたい

編集作業のあれこれを語っていると、こういう疑問も出てくるだろう。
漫画原稿作成に不慣れな人には最初から声をかけなければいいのではないか」と。
実際、漫画作成にも合同誌寄稿にも慣れている作家同士の合同誌であれば、そして局部修正不要の全年齢本であれば、編集チェックの労苦は極限まで削減されるだろう。
だが、現実問題として、様々な理由と意味合いから、こういう編集労苦は起きるし、その労苦は引き受けねばならない
というのも、
それでもその人を誘いたいからだ。そして、その人の原稿を本に納めたい、のだ。その人の作品が好きだから
現代は特にそうだが、絵や作品の発表形態は必ずしも漫画とは限らない
ネット上で、魅力的なイラスト、カラーイラストやコミック作品を発表している作家さんで、製本経験や漫画原稿作成経験があまり無いという方は当然いるし、多い筈だ。
そういう方を本に招ける喜びというのは、主催・編集側としては凄く大きいのだ
この喜びが、編集労苦を完全に帳消しにしている
そして、このような機会と経験をもとに、その方がご自身で同人誌等を出されていくことになるとしたら、それは至上の喜びなのである。
上の編集の手間暇に関する記事が、本媒体への原稿を作ることへの垣根を下げることへとつながるなら、
そして漫画畑でない作家さんが本媒体に積極的に参加されることに少しでも寄与できるならば、有難い。
 
【台割(各原稿の配置)】

さて、編集者は、寄稿していただいた原稿をチェックしながら、本に配置していくことになる。 
その際も色々考える。
本の性質や編集者の意図によって、配置の仕方には様々な基準が生まれると思われる。

・「とりあえず知名度・クオリティの高い作品を前へ前へと詰めていき、読者を喜ばせる」
・「読者が読んでいて疲れないように、濃密な作品と読み易い作品とを、エロとハートフルとを、交互に配置する」
・「キャラやネタが被った時は両作品の配置を離す」 
・「原稿が集まった順に前から配置する」 

様々な考え方がある。正解もないし最善手もない世界なので、出した後に後悔は避けることが出来ないんだが、それでも編集側は手を尽くしたほうがいいと思う。

さて、長々とした合同誌コラム、次回の最終章は、広報、宣伝編となります。
 
 【とくべつコラム】合同誌を作る その3~広報編~

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